【01】 恩師松木教官と爽香の夢
小説『女子ボートレーサーと市役所職員』からの
よりぬき短縮版。
上記作品より『女子ボートレーサー速水爽香』に絡む
エピソードを抽出して読みやすいよう、WEB小説向けに
再構成しました。
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【あらまし】(新人ボートレーサーデビュー戦エピソード。他のエピソードは読まずに、この前後編だけ読むことが可能です)
爽香のデビュー戦が始まった。爽香は卒業しているにも関わらず、養成所教官の松木四朗から宿題が出された。
松木「デビュー戦の開催6日間、すべてのレースで無事故完走すること! もし、それが出来たらケブラーズボン(ケガ防止用ズボン)、3着以内に入れたらレース用シューズをプレゼントする」
速水爽香のデビュー戦が始まった。6日間の結果は……(省略)。6日間のレースが終わり、爽香の携帯電話に松木教官からメールが入る。
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【主な登場人物】
速水爽香 20歳女 新人ボートレーサー
田並浩次 42歳男 勝率3点のB級ボートレーサー
八巻恵夢 25歳女 爽香の一期上のボートレーサー
松木四朗 60歳男 ボートレーサー養成所教官
荘野幸照 57歳男 ボートレーサー養成所教官
常 連 常連の観客
初 客 初心者の観客
客 A スタンドの観客
客 B スタンドの観客
新井英児 34歳男「ボートレース戸田」の舟券師
金子洋平 61歳男 スタンドの観客
栗原哲也 61歳男 スタンドの観客
老 人 スタンドの観客
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【前書き】
●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております
●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました
●本文の推敲・校正、登場人物の整理、後書きにつきましてAIを利用しております
●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです
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『ボートレース戸田』。
水面に反射する5月の陽光が眩しい。速水爽香にとって、これがプロとしての第1節目――人生をかけたデビュー戦だ。
開催は5月10日からの6日間。
50名近くの凄腕レーサーたちが一つのレース場に集い、頂点を争う。優勝賞金は、わずか6日間で百万円以上。プロの世界には、1レース2分足らずで何千万円、時には1億円を稼ぎ出す世界が存在する。
学歴もない。知識もない。頼れる親戚もいない。
そんな爽香にとって、この「2分間で大金を掴める水面」こそが、生き残るための唯一の戦場だった。
5月9日、前検日の朝。
爽香は身を寄せるアパート『ハッピーハイツ』を出た。目指すは3キロ先にある選手宿舎。
晴れ渡った空の下、爽快な風を浴びながら歩く。本来なら自転車で行く距離だが、爽香にはその自転車を買うお金すらなかった。
爽香(3キロなんて、養成所の訓練に比べたら散歩みたいなもん)
スニーカーの底を踏みしめながら、爽香の脳裏に、あの人のダミ声が蘇っていた。
ボートレーサー養成所の教官――松木四朗(60歳)。
◇
それは卒業式が終わった直後、養成所の門前でのことだった。
松木「ここまでよく残ったな、爽香。卒業おめでとう」
腕を組んだ松木が、少し目を細めて近寄ってきた。爽香は深く頭を下げる。
爽香「ありがとうございます!」
松木「正直言うとな……お前が入所してきた時、最初に脱落するのは間違いなくお前だと思ってた」
容赦のない言葉だが、事実だった。過酷な訓練、定期試験での足切り、下位1割の強制退所。同期の半数が脱落していく地獄のような1年間。
爽香「自分でも、いつ『荷物をまとめて出ていけ』と言われるか、毎日生きた心地がしませんでした」
松木「……何が、お前を留まらせたんだ?」
松木の問いに、爽香は迷わず答えた。
爽香「ハングリー精神です」
松木「ハングリー、か」
爽香「うちは母子家庭で、ずっと貧しかったんです。食べるものが何もない日なんて普通でした。だから……ここを追い出されたら野良犬みたいに野宿して死ぬしかないって思ってました」
松木「生きる環境が、お前を土壇場で踏みとどまらせたのか」
爽香「同期の子に言っても『また大げさな〜』って笑われましたけど、本当に食べ物がない辛さって、経験した人しか分からないですよ。教官」
爽香は少し遠くを見るような目をして続けた。
爽香「世間の人は『辛い』って漢字に、横棒を『一』本足せば『幸せ』になるって、綺麗事みたいに言うじゃないですか。でも……じゃあ、その横棒一本はどこに落ちてるんですか?
宝くじですか? 金持ちとの結婚ですか?」
松木「……む」
爽香「私にとっての『一』は、このボートレースの水面だったんです。ボートが引く白い波のラインに見えたんです。ここさえ耐えて卒業すれば、あたたかいご飯が食べられる。お母さんにお腹いっぱい食べさせてあげられるって」
松木は煙草をくわえようとした手を止め、黙って爽香の言葉に耳を傾けていた。
爽香「養成所のご飯、涙が出るほど美味しかった……。だから、訓練が辛いなんて一度も思いませんでした。三食食べられるなら、どんな過酷な訓練でも天国です」
爽香の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
爽香「私、絶対に稼ぎます。母に一軒家を建ててあげるのが私の夢です。だから……泣いてる暇なんてないんです」
松木「……そうか。その話、もっと早く聞いておけばよかったな」
松木はぽん、と爽香の小柄な肩を叩いた。
松木「焦るなよ、爽香。そして、慌てるな」
爽香「焦ると、慌てる……同じじゃないんですか?」
松木「全然違う。『焦るな』ってのは、早くA級になりたいとか大金を稼ぎたいって欲に目が眩むなということ。『慌てるな』は、水上で何が起きても冷静でいろということだ。『あ』の付く二つの言葉を胸に刻め」
爽香「……はい!」
松木「家なんてな、コツコツ長くやれば建つんだよ。現にこの俺だって、現役時代に家を建てたんだからな」
爽香「教官は腕が良かったからじゃないですか!」
松木「バカ言え、同期で一番下手くそだったわ! 勝率も惨状だった。それでもな、母親って生き物はな……自分の子供が一人前になるまでは、絶対に死なないようにできてるんだよ」
松木は大笑いしながら爽香の頭をくしゃくしゃに撫でた。
松木「その夢、意地でも叶えろ」




