【11】 デビュー戦5日目① ~舟券師の容貌とは?~
====================
『ボートレース戸田』5日目・第1レース(予選/男女混合一般戦)
【出走表】
1号艇 萩谷 淳史(38)A1 勝率6.32 モ◎ 2 1 3 5 2 3 / 4
2号艇 田並 浩次(42)B1 勝率3.00 モ- 1 - 2 6 6 5 / 5
3号艇 野部 香折(38)B1 勝率4.44 モ△ 4 3 5 - 1 6 / 5
4号艇 赤塚 人志(44)B1 勝率4.05 モ○ 3 - 1 6 4 / 3 5
5号艇 城内 俊之(40)B1 勝率5.22 モ× 6 - 2 6 5 4 / 3
6号艇 速水 爽香(20)B2 勝率0.00 モ- 6 - 6 - 5 6 / 6
※モーター印=予想評価/数字=前走成績
====================
午前10時10分。戸田競艇場、1階スタンドの水面際フェンス。
冷たい風が吹き抜ける中、新井英児(34)は目を細めて試運転を見つめていた。彼の本業は――舟券師。だが、周囲の客にはただの若い競艇ファンにしか見えない。
金子「やってるねぇ。今日も精が出るな」
栗原「でもよ、どれが良いエンジンなんだかサッパリ分からんよ」
横にやってきた常連客のふたり組、金子(61)と栗原(61)だ。
金子「俺たち素人じゃ、ボ〜ッと眺めるのが関の山さ。ははは!」
栗原「違いない」
新井はふたりの雑談をスルーし、ピットから吐き出されるボートの水切り音に耳を澄ませていた。すると金子が、人懐っこい笑みで新井に話しかけてきた。
金子「お兄さん、どう? 伸びてる奴いるかい?」
新井「いやぁ、私にもサッパリですよ。ただ、エンジン音が凄くて爽快ですね」
金子「音ねぇ! 噂じゃ本物のプロ――『舟券師』ってのは、エンジン音だけで良し悪しを聞き分けるらしいぜ?」
新井「へえ、凄いですね」
栗原「ホントかよ? どれも同じブォンブォンって音だろ」
金子「舟券師は耳が違うのさ」
栗原「じゃあ何かい? 聴診器でも当てて買ってんのか?」
ふたりでガハハと笑い合う。
新井(聴診器で舟券買えたら、医者が全員億万長者だよ……)
金子「だいたいさ、この世に『舟券師』なんて本当にいるんかね? ボートの配当だけで食っていくなんて無理だろ」
新井(ここに居ますよ)
栗原「いや、全国の場に必ずひとりやふたり潜んでるらしいぞ。競艇好きの小説家がトークショーで言ってたもん。『生きた舟券師に会った』って」
金子「へぇー、実在するんだ」
新井(へぇ……いつかその小説家に会ってみたいもんだな)
栗原「でもよ、舟券師なんて、家庭も彼女も無くて、ボートのことしか考えてないつまらん人生送ってんだろ?」
新井(余計なお世話だ)
栗原「ボロ服着て、髪はボサボサ、髭ボウボウで、足も短けぇんだろうな!」
新井(なんで足まで短くなるんだよ!)
栗原「一年中、水際を歩き回ってるから縮むんだよ」
新井(どんな進化論だ)
やがて第1レースの展示航走が始まった。
スタート展示は全艇枠なりの進入。続く周回展示も、出走表の評価通りの気配だった。
新井「さて、どこから買うか……」
金子が新聞を広げる。
金子「3号艇の野部香折はどうだ? 3日目に1着取ってるぞ。38歳、脂が乗ってる」
栗原「でも1着は1号艇の萩谷でガチガチだろ。A1でこの勝率、1コースに入られたら手も足も出ん」
金子「じゃあ『1―3』で決まりか?」
金子が、隣で腕を組む新井に振り向いた。
金子「お兄さんは何で行くの?」
新井「難しいですが……私は女子レーサー(3号艇)は消しますね」
金子「えっ! なんでだよ?」
新井「男女混合戦の勝率は割り引いて考える必要があるんです。『オールレディース』みたいな女子戦で稼いだ勝率と、男相手の勝率は意味が違いますから。半年ずっと混合戦で揉まれてるなら別ですが」
栗原「なるほどなぁ……じゃあお兄さんの本命は?」
新井「買うなら『1―5』か『1―4』ですね。5号艇の城内は腕があります。5コースからでも自在に捌ける。ただ、今日は買いません。見送りです」
金子「えっ!? 買わないの?」
新井「『1―4』や『1―5』じゃオッズ(3〜4倍)が安すぎて、張る価値がないですから」
栗原「見ているだけ? つまらなくない?」
新井「毎レース買うのは素人ですよ。勝負は1日に1回か2回で十分です」
新井が淡々と答えると、金子と栗原は顔を見合わせ、
金子「じゃあ俺たちは買ってくるわ」
と締め切り間際の投票所へ走っていった。




