修羅場
カランコロンと『オーキッド』のドアを開けると、
「あ、拓海さん! 本当にここに来れば会えるんだね」
と声をかけてきたのは、先日、高身長のイケメン・相良先輩とナンパした女の子2人組だった。
オーキッドに来ればまた会えると伝えてはいたが、本当に来るとは。
見れば、ちゃっかり俺のボトルで水割りを飲んでいる。
「もしあの子たちが来たら飲ませていいよ」とママに伝えてはおいたのだが、なかなかいい度胸だ。
しばらくの間、力も交えてボックス席で談笑していると、店の黒電話がけたたましく鳴った。
「拓海ちゃん、相良さんから電話よ。もう、ここは拓海ちゃんのお家みたいねぇ」
ママがくすくす笑いながら受話器を差し出す。受け取ると、近くの居酒屋にいる相良先輩からだった。
「おう拓海! 今な、近くの居酒屋で飲んでんだよ。お前も力と一緒に来いよ」
受話器を置いた俺は、隣の力に「相良先輩からだ。居酒屋に合流するぞ」と伝えた。
その時、俺の頭に悪戯っぽいアイデアが閃く。
(待てよ……男だけで行くより、女の子も連れて行った方が絶対盛り上がるよな!)
「相良先輩も絶対に喜ぶはずだ」とすっかり上機嫌になった俺は、ノリノリの二人を連れて居酒屋へと向かったのだった。
◇
「相良先輩ー! サプライズで連れてきましたよー!」
俺が居酒屋の個室のフスマを景気よくガラッと開けた。
そこにいたのは、相良先輩と、我が社の女子社員ふたり。
男1人、女2人で楽しそうに歓談していたところだったのだ。
相良先輩としては、俺と力を呼んで「男3・女2」の和気あいあいとした飲み会を完成させる手はずだったらしい。
俺たちの後ろに華やかな女の子が二人もついているのを見て、会社の女子社員のひとりがクスッと笑い、クスクスと嫌味混じりに声をかけてきた。
「あらぁ、拓海くんモテるわねぇ? こんな可愛い子ふたりも連れてきちゃって」
「えっ……あ、いや……」
相良先輩が1人で飲んでいると思い込んでいた俺は、完全にフリーズした。余計な連れを連れてきてしまったのだ。
結果として、狭い畳の個室に、男3人(俺、力、相良先輩)と女4人という、なんとも歪で恐ろしい空間が出来上がってしまった。
後ろについてきていた力だけは、いち早く異常事態を察知し、忍者ばりの素早さで気配を消して部屋の隅へスッと移動している。
「あ……あの、相良先輩……会社の女の子と飲んでたんですか……?」
「……おう、拓海。お前……なんでその二人、連れてきたんだ……?」
お互いに顔を引きつらせ、目が笑っていない笑顔で探り合う。
さっきまで俺をからかっていた会社の女子社員ふたりも、ただならぬ空気を察して徐々に笑顔をひきつらせていく。
その横で、俺が連れてきた二人組――特にスタイルのいい黒髪の女の子、恵美の目が、一瞬でトカゲのように据わった。
「相良さん……会えてうれしい。近くに行っていい?」
静まり返る個室。相良先輩は額に油汗を浮かべながら、なんとか場を収めようとなだめにかかる。
「いやいや、恵美ちゃん落ち着いてよ。今日は会社の同僚もいるからさ――」
バンッ!!!
恵美が突然、座卓を力任せに叩いて立ち上がった。ジョッキのビールが派手に波打ち、枝豆が数粒コロコロと畳に転がる。
「落ち着けるわけないでしょ! 何よその『ただの知り合いです』みたいな顔! この前ヤッたくせに、何なのその態度!?」
「っ……!?」
ストレートすぎる特大爆弾の暴露に、個室の時間が完全に停止した。
相良先輩の顔面からは一瞬で血の気が引き、白目をむきかけている。
そして凄まじかったのが、さっきまで「拓海くんモテるわね」とからかっていた会社の女子社員ふたりの引き具合だ。
ドン引きどころの話ではない。「ヒッ……」と短い悲鳴をあげると、まるで汚物を見るかのような冷ややかな視線を相良先輩に突き刺し、ジリジリと壁際まで後退。
最終的には二人で肩を寄せ合い、まるで猛獣の檻に入れられた小動物のように震え上がっている。
先輩の「爽やかイケメン」のメッキが音を立てて崩れ去った瞬間だった。
俺は(うわあああ! やってしまった!!)と心の中で絶叫し、背中から冷や汗が津波のように吹き出す。
「恵美、やめなよ……」と連れの女の子が青ざめた顔で袖を引っ張るが、怒り狂った恵美の勢いは止まらない。
「こっちは会いたくてオーキッドまで行って、楽しみにしてきたのに! 他の女と飲んでて知らん顔!? 最悪! もう帰る!」
恵美はバッグをひったくるように持ち、フスマを叩きつけるように閉めて出て行った。
連れの女の子も「すみませんでしたぁ!」と悲鳴のような謝罪を残して後を追う。
嵐が去った後の個室には、気まずい沈黙と、完全に死んだ目をした会社の女子社員たちの視線だけが残された。
もはや「男3・女2」の楽し気な飲み会に戻る術などどこにもない。
相良先輩は震える手で額の汗を拭い、般若のような殺気を孕んだ目で俺を睨みつけてきた。
「……拓海。お前……余計な気利かせてんじゃねえよ……」
「す、すみません相良先輩……先輩が一人で寂しく飲んでると思って……良かれと思って……」
隣を見ると、気配を消していたはずの力が、メニューで顔を隠しながら身体をガタガタと震わせて必死に爆笑を耐えていた。
こいつ、絶対に許さない。
「とりあえず……拓海、お前の奢りで酒追加な。話はそれからだ」
その夜の酒が、胃に激痛をもたらす地獄の味だったのは言うまでもない。
携帯がない時代ゆえの「たまたまオーキッドで鉢合わせた奇跡」が、見事な爆発事故を引き起こした瞬間だった。




