初めてのドンペリ
ロイヤルを濃いめの水割りで飲んでいる。
氷の縁を伝う雫が、薄暗いカウンターの照明を受けて金色に揺れていた。
「そんなに濃くするならロックで飲めばいいのに」
と周りは笑うが、ウイスキーと水を1:1で割ったこの飲み方は、若い頃から変わらぬ俺にとっての“昭和の夜の味”だ。
ロイヤルをキープし始めたのは、23歳だった1985年のこと。
街にはまだバブルの気配が遠くの工事現場のようにかすかに響いているだけで、ネオンの光もどこか控えめだった。
当時のサラリーマンが店に置くボトルといえば「オールド」か「リザーブ」。
そんな時代に、金のない若造がロイヤルを棚に並べられたのは、行きつけの店「オーキッド」の会員特典のおかげだった。
年会費一万円を払えば、ボトルを酒屋の定価でキープできる。
他の店で頼めば三倍近くになる差額こそが、当時の俺たちにとっての“背伸びの余裕”だった。
友人や女の子を連れていけばロイヤルキープボトルがささやかな自慢になり、店側もボトル棚に高級酒が並ぶことで格が上がる。
互いの見栄と本音がうまく噛み合った、昭和らしい仕組みだった。
◆◆◆
――あの日も、そんなオーキッドの夜だった。
1985年の初夏。夕立の名残がアスファルトに黒い地図を描き、湿った風が街のネオンをぼんやり滲ませていた。
パチンコ屋の電子音、焼き鳥の煙、タクシーの排気。
それらが混ざり合い、昭和の夜はいつも少しだけ埃っぽく、そしてどこか甘かった。
その夜は、常連でソニックの研究所に勤める理一さんの誕生日だった。
俺と力、ママのいとこの修さん、そしてソフトウェアベンチャーを立ち上げた賢治さんと哲也さん。
五人でひそかに企てたサプライズは――あの「ドン・ペリニヨン」を開けて乾杯することだ。
もちろん名目は誕生日祝いだが、本音を言えば自分たちが飲みたかっただけである。
当時は泡が出れば何でも「シャンパン」と呼んでいた時代。
「ドンペリ」の名は街の片隅でようやく囁かれ始めた頃で、映画や海外のセレブ、一部の高級クラブだけが知る遠い星のような存在だった。
普通のスナックに置いてあるはずもなく、この日のために酒屋から特別に取り寄せてもらった。
ボトルがテーブルに置かれた瞬間、店内の空気が一瞬途切れる。
薄暗い照明の下で、重厚な緑の瓶がまるで祭壇の灯のように浮かび上がっていた。
俺は胸の奥をざわつかせながら、「開栓の大役は俺に譲ってくれ」と名乗り出た。
本で読んだ“最高のエチケット”を披露する絶好の機会だと思ったのだ。
「……シュー……」
かすかなガスが抜ける音だけが、静かに宙へ溶けていく。
“淑女の溜息”と呼ばれる開け方を完璧にやってみせた……つもりだった。
だが、誇らしげに顔を上げた俺を待っていたのは、拍手ではなく全員からの大ブーイングだった。
「おい拓海! なんで『ポンッ!』て言わせないんだよ!」
「そうだよ! ドンペリだぞ!? お祝いなんだから景気よくドカンといけよ!」
「不発弾かと思ったわ!」
昭和の男たちは、静かなマナーよりも“音の景気”を求めていたのだ。
理一さんに至っては「せっかくのドンペリの音が聴きたかったのに〜」と半泣きである。
「いや、これが本当のマナーなんだって……」
俺の言い訳は、修さんが流した尾崎豊の『Happy Birthday』にかき消された。
カセットテープ特有のざらついた音が、店内の空気を柔らかく揺らしていく。
細長いグラスに注がれた透明な金色の液体から繊細な泡が立ち上ると、店内は一転して歓声に包まれた。
口に含めば、これまで飲んできたスパークリングワインとは明らかに違う深い香りが舌の奥へ広がっていく。
「すげえな……これが本物のシャンパンか。音が鳴らなくても、味は間違いなく本物だ!」
理一さんがグラスを掲げたとき、その笑顔はどの照明よりも明るかった。
昭和の街はいつも騒がしく、そしてどこか祝祭の匂いがしていた。
「みんな、本当にありがとう。音は不発だったけど(笑)、こんな贅沢な誕生日は一生忘れんよ」
あの夜俺たちが飲んだのは、ドンペリの味だけではない。値段以上の、“大人の世界に足を踏み入れた”という高揚感そのものだった。
マナーのウンチクでいじられ役になった俺だが、立ち上る泡を眺めながら交わしたあの乾杯の余韻は、今でも胸の奥で静かに弾け続けている。
……もっとも、今の俺が好むシャンパンはドンペリからベルエポックに変わり、栓も遠慮なく盛大に飛ばして空けているのだが。




