決行の夜
「―作戦を、最終確認する」
宿の一室、俺たちは、地図を広げながら、最後の打ち合わせを行っていた。
「ゼイン、屋敷内部の見取り図は」
「監査の権限を使って、最低限のものは入手した。……ただし、地下部分は、記録にない」
「未知の領域、か」
俺は、静かに頷いた。
「セラは、屋敷の外で、ヴァレスから得た情報を元に、逃走経路の確保を頼む。ガロは、正面からの陽動役だ」
「陽動、俺一人でか」
「お前の存在感なら、十分に注目を引ける。……無理はするな、あくまで時間稼ぎだ」
ガロは、不敵に笑った。
「上等だ。派手にやってやるよ」
「フィアは、俺と共に、地下への潜入を担当する。ゼイン、お前は、内部からの増援を食い止めてくれ。監査人の権限を使えば、屋敷内の私兵の動きを、ある程度制限できるはずだ」
ゼインは、僅かに眉を動かしたが、静かに頷いた。
「分かった。……お前らが潜入してる間、極力、敵の増援を屋敷内に留めておく」
フィアが、静かに頷いた。
「役割は、いつも通りだな」
「ああ」
俺は、仲間たちの顔を、順に見つめた。
「今回の相手は、これまでで最も危険な可能性がある。無理はするな。撤退の判断は、俺が下す」
「分かった」
皆が、静かに頷いた。
夜半、俺たちは、それぞれの持ち場についた。
ガロが、屋敷の正門近くで、堂々と姿を現す。
「おい! ここの主人に用がある! ドレイファスとやら、出てこい!」
ガロの怒声が、静かな貴族街に響き渡った。私兵たちが、慌てて集まってくる。
「―何者だ、貴様!」
「名乗るほどの者じゃねぇ。ただ、言いたいことがあるだけだ!」
私兵たちの注意が、正門に集中していく。その隙に、俺とフィアの二人は、屋敷の裏手へと回り込んだ。ゼインは、屋敷内部―私兵たちの詰め所の方角へと、単独で向かっていった。
「ここから」
俺は、事前に調べておいた、警備の薄い裏口を指し示した。
俺たちは、慎重に屋敷の中へと侵入した。
内部は、外観に違わぬ豪奢な造りだった。だが、俺たちの目的は、あくまで地下だ。
「―ヴァレスの証言によれば、ワイン貯蔵庫を装った入り口があるはずだ」
俺たちは、使用人の目を避けながら、慎重に屋敷の奥へと進んだ。
「あった」
厨房の奥、階段の先に、重厚な扉が見えた。表向きは、確かにワイン貯蔵庫のような造りだったが、扉の奥から、微かに、これまでの拠点と似た気配が漂ってきていた。
「フィア」
「任せろ」
フィアが、慎重に、しかし力強く扉を開けた。
地下へと続く階段。俺たちは、静かに、しかし確かな緊張を伴いながら、足を踏み入れた。
階段を降りきった先に広がっていたのは、これまで見てきたどの拠点よりも、洗練された、そして異様な光景だった。
石造りの壁一面に、複雑な魔法陣が刻まれている。その中央、いくつもの装置に囲まれるようにして、複数の人影が横たわっていた。
「…これは」
俺は、息を呑んだ。
横たわる人々は、皆、若く、そして、明らかに衰弱していた。その体には、精緻な紋様が刻まれた金属の器具が取り付けられている。
「実験、体……」
俺は、低く呟いた。声に、隠しきれない怒りが滲んでいた。
「―随分と、踏み込んでくれたな」
低く、抑揚のない声が、広間の奥から響いた。
俺たちは、素早く振り返った。
そこに立っていたのは―フードを脱ぎ捨てた、導師その人だった。
その顔を目にした瞬間、俺は、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「まさか」
前世の記憶の奥底に眠っていた、微かな輪郭。それが今、はっきりとした形を持って、俺の目の前に現れていた。




