貴族街の影
ドレイファスの屋敷は、帝都の貴族街―その中でも、一際重厚な区画に位置していた。
「…近づくだけでも、一苦労だな」
俺たちは、遠目から屋敷の様子を窺いながら、静かに状況を分析していた。
高い塀に囲まれた敷地、その周囲を巡回する、明らかに訓練された私兵たち。表向きは「引退した高官の隠居所」とは思えないほどの、厳重な警備体制だった。
「―正面からの突破は、まず不可能だな」
ガロが、低く呟いた。
「ああ。それに、仮に突破できたとしても、証拠がなければ、正式な追及はできない」
俺は、静かに考えを巡らせた。
「まずは、屋敷の内情を探る必要がある。……ゼイン、何か手はあるか」
ゼインは、静かに頷いた。
「一つ、案がある。……この屋敷には、定期的に、外部の商人が出入りしている。表向きは、生活物資の納入だ」
「その商人に、接触できるか」
「調べてみる。だが、時間がかかるかもしれない」
セラが、静かに口を挟んだ。
「私も、手伝うわ。帝都のギルドなら、商人組合との繋がりもあるはず」
俺は、頷いた。
「頼む。……フィア、ガロは、屋敷周辺の警備パターンを、引き続き観察してくれ」
「了解」
「分かった」
俺たちは、それぞれの役割に分かれ、慎重に調査を進めていった。
数日後、セラが、興奮した様子で戻ってきた。
「見つけた。屋敷に定期的に出入りする商人、その一人が、実は、帝都の裏社会にも精通してる人物らしい」
「信用できる相手か」
「分からない。……でも、話を聞く価値はあると思う」
その夜、俺たちは、セラが見つけた商人―名をヴァレスという、初老の男と接触した。
「ドレイファス様の屋敷について、ですか」
ヴァレスは、警戒するような表情を見せた。
「詳しいことは、あまり話したくありませんな。……あの御方に、目をつけられるのは、御免です」
「情報料は、十分に用意している」
俺は、静かに金貨の入った袋を差し出した。
ヴァレスは、しばらく葛藤するような表情を見せたが、やがて、静かに口を開いた。
「……屋敷の地下に、大きな空間があります。表向きは、ワインの貯蔵庫ということになってますが」
「地下、か」
「私も、詳しくは知りません。ただ……時折、深夜に、見慣れぬ人々が、その地下へと案内されるのを、見かけたことがあります」
「見慣れぬ人々、とは」
「顕在化の力を持たない、若い者たちが、多かったように思います」
俺の胸に、強い不安が広がった。
「…彼らは、その後どうなった」
「分かりません。……ただ、二度と、彼らの姿を見ることはありませんでした」
沈黙が、場を包んだ。
「―実験、か」
ガロが、拳を握りしめながら呟いた。
「無属の人間を、実験材料にしている可能性が高い」
俺は、静かに、しかし確かな怒りを込めて言った。
ヴァレスは、震える声で続けた。
「これ以上は、本当に、何も知りません。……どうか、私の名は、決して出さないでください」
「約束する」
俺たちは、ヴァレスに礼を言い、その場を後にした。
宿に戻る道すがら、俺は、静かに拳を握りしめていた。
かつて、俺自身が確立した理論―自己数値化。それが今、罪もない人々を実験材料にするための道具として、悪用されている。
「許せねぇな、これは」
ガロが、低く唸るように言った。
セラも、静かに頷いた。
「一刻も早く、止めないと」
フィアも、静かに拳を握りしめた。
「私も、同感だ」
ゼインは、静かに、しかし確かな決意を込めて言った。
「俺も、これ以上、見過ごすつもりはない」
俺たちは、互いに顔を見合わせ、静かに頷き合った。
避けられない対峙が、確実に近づいていた。
―ドレイファスの屋敷、その地下に眠る真実へと、俺たちは、次なる一歩を踏み出す。




