フィアの記憶
「…無属戦役、か」
その夜、フィアが、珍しく自分から、静かに口を開いた。
「気になるのか」
俺の問いに、フィアは、小さく頷いた。
「……あんたたちの話を聞いてて、思い出したことがある」
俺たちは、静かに彼女の言葉に耳を傾けた。
「私の故郷、辺境の小さな村だったんだが……村の大人たちが、あまり大きな声では話したがらない出来事があった」
「言い伝え?」
「"かつて、この村の者たちは、才能のない戦士たちと共に、帝国の大軍を退けたことがある"って話だ」
俺は、思わず息を呑んだ。
「それは……」
「子供の頃は、ただのおとぎ話だと思ってた。でも」
フィアは、静かに続けた。
「顕在種として生まれた私は、村の中でも異質な存在だった。……あの戦いのことを知る年配の者たちは、時々、私を見て、複雑な顔をしてた」
セラが、真剣な表情で尋ねた。
「複雑な顔、というのは」
「まるで……あの戦いに関わった血筋に、何か特別な意味があるみたいな、そんな目だった」
俺は、静かに考えを巡らせた。無属戦役―俺自身が、かつて指揮を執った戦い。もし、フィアの故郷が、当時共に戦った「辺境の一部族」そのもの、あるいはその近しい血縁だとしたら。
「フィア、その村の名前は」
「―ケイルダ村。……もう、随分と前に、出てきたきりだが」
俺は、静かにその名を、記憶の中で探った。前世の記憶の中に、微かに、その名に近しい響きがあった気がする。だが、確信は持てなかった。
「その村、今もあるのか」
「分からない。……村を出てから、一度も戻ってない」
フィアの声には、複雑な感情が滲んでいた。
「戻りたいのか」
俺の問いに、フィアは、しばらく沈黙した。
「……正直、分からない。追い出されるようにして出た場所だ。今更、戻る資格があるのかも分からない」
セラが、静かにフィアの肩に手を置いた。
「でも、気になってるんでしょう」
「……ああ」
フィアは、小さく頷いた。
俺は、静かに言葉を選びながら言った。
「もし、お前の故郷が、無属戦役に関わりがあるなら―影楔の目的とも、無関係じゃないかもしれない」
フィアが、驚いたように顔を上げた。
「どういうことだ」
「影楔は、無属戦役の理論を追い求めている。もし、その理論の起源に、お前の故郷が関わっているなら……いずれ、影楔が、お前の村に目をつける可能性もある」
フィアの表情が、強張った。
「それは、まずいな」
「ああ」
俺は、静かに頷いた。
「一度、機会を見て、お前の故郷を訪ねてみないか。真相を確かめる意味でも、村を守る意味でも」
フィアは、しばらく考え込んでいたが、やがて、静かに頷いた。
「……分かった。いつか、必ず」
ガロが、静かに口を挟んだ。
「まあ、今はまだ、優先すべきことが山積みだけどな」
「ああ、分かってる」
フィアは、小さく笑った。
「でも……いつか、あんたたちと一緒に、あの村に戻れたらいいと思う」
その言葉に、俺たちは、静かに頷き合った。
窓の外、夜空に、無数の星が輝いていた。
セラの父の救出、ゼインとの新たな関係、そしてフィアの故郷を巡る謎。幾つもの物語が、少しずつ、一つの大きな流れへと収束していく予感があった。
「さて」
俺は、静かに気を引き締めた。
「次は、導師の正体、そして影楔の中枢に、より深く迫る番だ」
仲間たちが、揃って頷いた。
新たな決意と共に、俺たちの旅は、次なる局面へと進んでいく。




