掌の中
地下施設からの脱出後、俺たちは、安全な宿の一室に集まり、今夜の出来事を整理していた。
「導師の最後の言葉、気になるな」
ガロが、腕を組みながら言った。
「"お前たちは既に私の掌の中"、か」
セラも、不安げな表情を浮かべた。
「単なる脅し文句、とも思えないわね」
俺は、静かに考えを巡らせていた。導師の口ぶりには、確かな余裕があった。単なるはったりとは思えない、何か根拠のある自信のようなものを感じた。
「フィア、お前はどう見る」
「……分からん。だが、あの気配、明らかに只者じゃなかった。私の勘だが、あれは、相当な手練れだ」
フィアの言葉に、俺は静かに頷いた。
その夜、俺たちは、交代で見張りを立てながら、休息を取ることにした。
深夜、見張りに立っていた俺のもとに、静かに人影が近づいてきた。
「…ゼインか」
「勘がいいな」
ゼインは、静かに俺の隣に腰を下ろした。
「戦いの後、様子を見に来ただけだ。大した用件じゃない」
「わざわざ、危険を冒してか」
「……借りを作ったままなのは、性に合わない」
ゼインは、そう言いながら、静かに夜空を見上げた。
「―導師について、もう少し話しておく」
「聞かせてくれ」
「奴は、影楔の中でも、特別な立場にいる。組織の表向きの指導者たちすら、奴の正体を完全には把握していないという噂がある」
「正体不明の存在が、なぜ組織の中枢にいる」
「奴自身が、無属戦役の理論―自己数値化の研究において、決定的な役割を果たしたからだ、という話を聞いたことがある」
俺の心臓が、大きく跳ねた。
「決定的な役割、とは」
「詳しくは知らない。だが……お前が、無属戦役に関わる何かを知っているなら、奴と接触した際に、何か気づくことがあるかもしれない」
ゼインの目が、静かにこちらを見据えた。
「お前は、一体何を隠している」
俺は、静かに視線を逸らした。
「答えられない」
「そうか」
ゼインは、それ以上、追及してこなかった。
「一つ、聞いてもいいか」
俺は、静かに切り出した。
「お前は、なぜ、影楔から離れない。監視対象になってまで、組織に留まる理由があるのか」
ゼインの表情が、僅かに翳った。
「……守らなければならないものが、ある」
「以前、セラが言っていたな。誰か、大切な人を守ろうとしているんじゃないか、と」
ゼインは、しばらく沈黙した後、静かに息を吐いた。
「……ああ、その通りだ。……妹がいる。……組織に、人質のような形で握られている」
その告白に、俺は、静かに拳を握りしめた。
「解放する方法は」
「分からない。……これまで、あらゆる手を尽くしてきたが、糸口すら掴めていない」
ゼインの声には、隠しきれない絶望が滲んでいた。
俺は、しばらく沈黙した後、静かに言った。
「―もし、俺たちが、影楔の中枢に近づくことができれば、その過程で、妹さんの手がかりも、見つかるかもしれない」
ゼインは、驚いたようにこちらを見た。
「……本気で言っているのか」
「以前も言ったはずだ。利害が一致するなら、手を組む理由になる」
ゼインは、しばらく黙り込んでいたが、やがて、小さく頷いた。
「……分かった。今回だけは、お前たちの動きに、期待させてもらう」
彼は、静かに立ち上がった。
「次に会う時までに、俺自身も、できる限りの情報を集めておく」
「ああ」
ゼインは、静かに闇の中へと姿を消していった。
俺は、一人、夜空を見上げながら、静かに息を吐いた。
前世で裏切られた男との、新たな関係性。それは、単純な赦しでも、和解でもない。だが、確かに、何かが、少しずつ変わり始めていた。
翌朝、俺は、仲間たちに、ゼインとのやり取りを伝えた。
「妹さんが、人質、か」
セラが、痛ましげな表情を浮かべた。
「その情報、信じていいの?」
「確証はない。だが、少なくとも、嘘をついているようには見えなかった」
ガロが、静かに頷いた。
「まあ、あいつが手を貸してくれたのは、事実だ。今は、信じてみる価値があるんじゃねぇか」
フィアも、静かに同意した。
「私も、同感だ」
俺は、仲間たちの顔を見つめながら、静かに頷いた。
「次は、導師の正体、そして影楔の中枢に、より深く迫る必要がある」
窓の外、朝日が昇り始めていた。新たな手がかりと共に、俺たちの旅は、次の局面へと進んでいく。




