導師との邂逅
「隠れても無駄だ。……姿を見せよ」
導師の声が、静かに、しかし確かな圧を伴って響いた。
俺たちは、覚悟を決め、物陰から進み出た。
広間に集まっていた人々―影楔の構成員と思しき者たちが、一斉にこちらを見た。中央に立つ導師は、フードの奥から、値踏みするような視線を向けてくる。
「ほう……随分と若い侵入者だな」
「あなたが、影楔の"導師"か」
俺の問いに、導師は、僅かに口の端を歪めた。
「そう呼ばれることもある。……だが、名乗る義理はないな」
導師は、周囲の構成員に、静かに指示を出した。
「捕らえよ。……ただし、殺すな。実験の材料として、価値がある」
構成員たちが、一斉に武器を構えた。
「フィア、ガロ、セラ―散開して応戦する」
俺の指示に、皆が即座に反応した。
「はぁあああッ!」
フィアの大剣が、先頭の構成員を薙ぎ払う。以前とは違う、制御された力強い一撃だった。
「セラは後方で援護、ガロは正面を頼む!」
「了解!」
俺たちは、これまで積み重ねてきた連携を駆使し、次々と迫る敵を打ち払っていった。だが、数の差は歴然としていた。
「いつまで、保つかな」
導師は、悠然とその光景を眺めながら、静かに呟いた。
「お前たちの実力、確かに侮れないものだ。……だが、私自身が出るまでもない」
導師の言葉に合わせるように、構成員たちの中から、一際強い気配を持つ者が数名、前に進み出た。
「顕在化の力を、限界まで引き出した精鋭部隊、というわけか」
俺は、静かに状況を分析した。数だけでなく、質でも押し切られる可能性がある。
「マズいな、これは」
ガロが、荒い息を吐きながら言った。
その時。
「―随分と、派手にやっているな」
聞き覚えのある声が、広間に響いた。
導師の背後、影の中から、ゼインが姿を現した。
「…ゼイン」
俺は、思わずその名を呼んだ。
導師が、僅かに眉をひそめた。
「……何をしに来た」
「監査の続きだ。この場所についても、報告義務がある」
ゼインは、静かに、しかし確かな覚悟を込めて言った。
「それに、目の前で、無関係な人間が"実験の材料"にされるのを、見過ごすわけにはいかない」
導師の目に、初めて明確な怒りの色が浮かんだ。
「貴様、正気か。組織を裏切るというのか」
「裏切る、というほど、大層な忠誠を誓った覚えはない」
ゼインは、剣を抜いた。
「今この瞬間だけは、利害が一致している。……そういうことだ」
俺は、驚きながらも、素早く体勢を立て直した。
「―手を貸してくれるのか」
「勘違いするな。俺は、俺自身の目的のために動いているだけだ」
そう言いながらも、ゼインは、確かに俺たちの側に立って、構成員たちと対峙していた。
「行くぞ!」
俺の号令と共に、五人での連携が、瞬く間に形作られていった。
前世で敵対した男と、今、肩を並べて戦う。その事実に、俺は、複雑な感情を抱えながらも、目の前の戦いに、意識を集中させた。
構成員たちが、次々と打ち倒されていく。導師は、その光景を、静かに、しかし苛立たしげに見つめていた。
「―こざかしい真似を」
導師が、初めて自ら前に進み出た。
その瞬間、俺は、彼の纏う気配に、強い既視感を覚えた。
(この気配、まさか)
前世の記憶の奥底に眠る、微かな輪郭が、脳裏をよぎる。だが、それが何なのか、まだはっきりとは掴めない。
「今日のところは、ここまでにしておこう」
導師は、静かに、しかし不敵な笑みを浮かべた。
「だが、覚えておくがいい。……お前たちの理論も、行動も、既に全て、私の掌の中だ」
導師の姿が、煙のように掻き消える。転移の魔法か、あるいは何らかの秘術か―俺には、まだ判断がつかなかった。
残された構成員たちも、次々と撤退していく。
静寂が戻った広間で、俺たちは、荒い息を整えながら、互いに顔を見合わせた。
「……助かった、ゼイン」
俺の言葉に、ゼインは、静かに剣を鞘に収めた。
「勘違いするな、と言ったはずだ」
そう言いながらも、彼の表情には、以前とは違う、僅かな柔らかさが滲んでいた。
「―だが、一つだけ言っておく」
「なんだ」
「導師の正体、俺自身も、まだ全ては掴めていない。……だが、奴が、無属戦役に関わる何かを知っている可能性は高い」
俺は、静かに頷いた。
「その情報、共有してくれるのか」
「今回だけだ」
ゼインは、それだけ言うと、静かに広間を後にしていった。
俺たちは、地下施設を脱出しながら、静かに、しかし確かな手応えを胸に刻んでいた。
―真実は、まだ多くの謎に包まれている。だが、確実に、その核心へと近づいている。




