監視対象
ゼインは、油断なくこちらを見据えながら、静かに近づいてきた。
「―そう警戒するな。今日は、争いに来たわけじゃない」
「信じろというのか」
俺の問いに、ゼインは、僅かに肩をすくめた。
「信じなくてもいい。だが、少なくとも、今この場で剣を抜くつもりはない」
ガロが、警戒を解かないまま、俺の隣に立った。フィアも、大剣の柄に手をかけたまま、静かに様子を窺っている。
「話とは」
俺が問うと、ゼインは、僅かに視線を巡らせ、周囲に人気がないことを確認した。
「お前たちが、黒鷲商会を探っていたことは分かっている。……忠告しておく。これ以上、単独で深入りするのは危険だ」
「なぜ、お前がそれを俺たちに教える」
「利害が一致しているからだ、以前と同じようにな」
ゼインは、静かに続けた。
「俺は今、影楔の内部で、思っていた以上に厳しい立場に置かれている」
その言葉に、俺は、レンドルから聞いた話を思い出した。
「監視対象、というやつか」
ゼインの目が、僅かに見開かれた。
「……よく知っているな」
「情報源は明かせない」
ゼインは、しばらく黙り込んだ後、自嘲するように口の端を歪めた。
「そうか。……ならば、隠す意味もないな」
彼は、静かに語り始めた。
「監査での一件以来、俺は、組織内部で"信頼できない駒"として扱われている。手柄を独り占めしようとした、という見方をされているらしい」
「実際は違うのか」
「半分は正しい。……だが、俺には俺の事情がある」
ゼインの声には、隠しきれない苦さがあった。
「事情、とは」
「言えない」
ゼインは、即座にそう答えた。だが、その拒絶の裏に、俺は、隠しきれない切実さを感じ取った。
セラが、静かに口を挟んだ。
「……誰か、大切な人を守ろうとしているんですね」
ゼインの表情が、僅かに強張った。
「…なぜ、そう思う」
「知りません。ただ、そう感じただけです」
セラの言葉に、ゼインは、しばらく沈黙した。やがて、深く息を吐いた。
「……鋭いな、お前たちは」
彼は、それ以上、詳しくは語らなかった。だが、その沈黙こそが、何よりの答えだった。
「ゼイン」
俺は、静かに彼の名を呼んだ。
「もし、お前が本当に、追い詰められた立場にいるなら―俺たちと、手を組む選択肢もある」
ゼインは、驚いたように俺を見た。
「……本気で言っているのか」
「以前も、同じような取引をした。今回も、同じだ。利害が一致するなら、手を組む理由になる」
ゼインは、しばらく黙り込んだ後、静かに首を振った。
「……今は、まだ、その時じゃない」
「なぜだ」
「俺には、俺のやり方がある。……お前たちを巻き込めば、俺の事情まで、余計に複雑になる」
その言葉には、拒絶以上に、何か守ろうとするような響きがあった。
「一つだけ、忠告しておく」
ゼインは、静かに続けた。
「黒鷲商会には、影楔の中でも、上位に近い人間が出入りしている。もし本気で探るなら、生半可な準備では、命を落とすことになる」
「上位の人間、とは」
「それも、今は言えない」
ゼインは、静かに踵を返した。
「待て」
俺は、彼を呼び止めた。
「なんだ」
「お前は、これからどうするつもりだ」
ゼインは、一瞬、足を止めた。
「……分からない。ただ、俺にも、俺なりの決着のつけ方がある。それだけは、確かだ」
そう言い残し、彼は、夜の闇へと姿を消していった。
その後ろ姿を見送りながら、俺たちは、しばらく沈黙していた。
「敵か味方か、本当に分からねぇ野郎だな」
ガロが、低く唸るように言った。
「でも」
セラが、静かに続けた。
「彼、本当に追い詰められてる。……守りたい誰かがいる、っていうのも、多分」
フィアも、静かに頷いた。
「私たちに、忠告までしていったしな」
俺は、静かに拳を握りしめた。
前世で裏切られた記憶は、まだ胸の奥に残っている。だが、今目の前にいるゼインの姿は、単純な敵とは、どうしても言い切れなかった。
「黒鷲商会への潜入、計画を練り直す必要があるな」
俺は、静かに言った。
「ゼインの忠告通りなら、相当な準備が必要だ」
仲間たちが、静かに頷いた。
夜の帝都近郊、複雑に絡み合う因縁と真実が、少しずつ、その姿を現し始めていた。




