次なる一歩
レンドルの体調が落ち着くまで、俺たちは麓の町に、数日間滞在することにした。
「この資料、見てもらえますか」
ある日の午後、レンドルが、俺とセラを部屋に呼び、例の包みを開いた。中には、几帳面な文字で綴られた、大量の羊皮紙が収められていた。
「顕在化の起源に関する、私の最終的な考察です。……そして、無属戦役の理論についても、詳細な記録が含まれています」
俺は、その資料に、静かに目を通し始めた。
読み進めるうちに、俺は、自分自身の過去―カイエンとして生きた日々の記憶と、驚くほど正確に一致する記述の数々に、言葉を失った。
「…これは」
「どうかしましたか、リド殿」
俺は、一瞬迷ってから、静かに答えた。
「……いえ。非常に、精緻な考察だと思います」
レンドルは、俺の顔を、しばらくじっと見つめていたが、やがて、小さく頷いた。
「無属戦役の指揮官―"名も無き指南役"について、私は、ある仮説を持っています」
「仮説、とは」
「彼は、おそらく今も、生きているのではないか、と」
心臓が、大きく跳ねた。
「なぜ、そう思われるのですか」
「無属戦役から十七年。指揮官の年齢が、当時二十代前半だったとすれば、今も存命でいて、何ら不思議はない」
レンドルは、静かに続けた。
「そして、もし彼が今も生きているなら……影楔が、彼の理論を求め続けている以上、いずれ、必ず接触を試みるはずです」
セラが、緊張した面持ちで、俺とレンドルを交互に見た。
俺は、静かに拳を握りしめた。この老学者は、既に、真実のすぐ近くまで迫っている。だが、それを今、ここで明かすわけにはいかない。
「……貴重な仮説、ありがとうございます」
俺は、それだけ答えるのが精一杯だった。
その夜、俺は一人、宿の外に出て、夜風に当たっていた。
「難しい顔してるな」
背後から、フィアの声がした。
「そうか」
「レンドルさんの話、聞いてたのか」
俺は、静かに頷いた。
「真実に近づいているのは、いいことのはずなんだがな」
フィアは、隣に並んで立った。
「レンドルさん、リドに何か引っかかってるみたいだったな。……リドが何か隠してるのは、なんとなく分かる。詳しいことは知らないけど」
「……かもしれないな」
「話す気は」
「まだ、時期じゃない」
フィアは、それ以上追及せず、静かに夜空を見上げた。
「なあ、リド」
「なんだ」
「私たちは、これからどこへ向かう?」
俺は、しばらく考えを巡らせた。
「レンドルさんの資料には、影楔の主要拠点についての手がかりも含まれている。帝都近郊に、より大きな拠点があるらしい」
「帝都、か」
「ああ。そこに向かえば、影楔の全容―そして、ゼインが置かれている状況にも、近づけるかもしれない」
フィアは、静かに頷いた。
「なら、決まりだな」
翌朝、俺たちは、ガロとセラにも、今後の方針を共有した。
「帝都近郊への移動、か」
ガロが、腕を組みながら言った。
「危険は増すだろうな」
「分かっている。だが、ここで足を止めるわけにはいかない」
セラも、静かに頷いた。
「お父様の資料を、正しく活かすためにも……前に進みましょう」
レンドルは、静かに、しかし確かな決意を込めて言った。
「私も、共に参ります。……この研究の全てを、正しい形で終わらせる責任が、私にはあります」
俺たちは、互いに顔を見合わせ、静かに頷き合った。
新たな目的地―帝都近郊。そこには、影楔の中枢、そしてゼインとの、避けられない再会が待っているはずだった。
積み上げてきたものを胸に、俺たちの旅は、次なる大きな局面へと進んでいく。




