突破
「行くぞ!」
フィアの大剣が、先頭の警備兵を薙ぎ払った。俺は、その隙をついて、通路の奥へと突き進んだ。
「侵入者は二名! 増援を呼べ!」
叫び声と共に、次々と兵士たちが押し寄せてくる。俺は、前世の戦術眼を総動員し、最小限の動きで敵を無力化していった。
「フィア、消耗を抑えろ! 長期戦になる」
「分かってる!」
フィアの動きには、以前のような無闇な力の暴発が見られなかった。積み重ねてきた記録と訓練が、確かな成果として表れている。
「―こっちだ!」
俺は、独房が並ぶ通路のさらに奥へと進んだ。より厳重に警備された区画があるはずだ。そこに、セラの父がいる可能性が高い。
角を曲がった先、俺は、一際頑丈な扉に守られた独房を見つけた。扉の小窓から、中を覗き込む。
薄暗い独房の中、痩せ細った初老の男が、壁にもたれかかるようにして座っていた。
「―あの人が」
俺は、息を呑んだ。特徴は、セラから聞いていた父親の描写と一致していた。
「おい! そこから離れろ!」
背後から、警備兵の怒声が響いた。俺は、素早く振り返り、迫る敵の攻撃を受け止めた。
「フィア、この扉を!」
「任せろ!」
フィアが、大剣を扉の隙間に叩き込む。硬い金属音と共に、扉が僅かに軋んだ。
「もう少しだ……!」
だが、その時、通路の奥から、新たな気配が近づいてくるのを感じた。これまでの警備兵とは、明らかに質の違う
「…随分と、派手にやってくれたな」
低く、抑揚のない声。
俺は、その声に、聞き覚えがあった。
振り返ると、そこにいたのは、以前カレイルの地下施設で遭遇した、黒外套の男だった。
「お前は……」
「またお前らか。懲りないな」
男は、得物を構えながら、静かにこちらへ歩み寄ってきた。
「今度は、逃がさない」
俺は、素早く状況を分析した。フィアは扉を破ろうとしている最中で、手を離せない。俺一人で、この男を食い止める必要がある。
「フィア、扉に集中しろ。こいつは俺が」
「大丈夫か?」
「時間を稼げばいい」
俺は、剣を構え、男と対峙した。
「前回は、数の利で逃がしてもらったが……今日は、そう簡単にはいかないぞ」
男が、鋭く踏み込んでくる。俺は、これまで積み上げてきた全ての技術を総動員し、その一撃を受け流した。
「―ほう」
男の声に、僅かな驚きが滲んだ。
「以前より、動きが鋭くなっているな。短期間で、随分と成長したものだ」
「褒め言葉として受け取っておく」
俺は、男の攻撃を凌ぎながら、僅かな隙を探った。前世の経験と、この体で積み上げてきた実戦の記録―そのすべてを頼りに、男の癖を見極めようとする。
背後から、フィアの声が響いた。
「―開いた!」
扉が、大きな音を立てて開かれる。
「セラの父親を頼む、俺は」
その時、俺は、男の一撃を、完全には躱しきれなかった。
「ぐっ……!」
肩に、鋭い痛みが走る。浅くはない傷だった。
「リド!」
フィアの叫び声が響く。
「大丈夫だ、構うな!」
俺は、痛みを堪えながら、なおも男と対峙し続けた。
男は、僅かに口の端を歪めた。
「その負けん気、嫌いじゃない」
そう言うと、男は不意に、構えを解いた。
「今日のところは、退いてやる。……お前らの目的、大方察しがついた」
「なに?」
「その独房の男、大人しく連れて行くといい。……もっとも、それで全てが解決するとは、思わないことだな」
男は、意味深にそう言い残すと、瞬く間に闇の奥へと姿を消した。
「追わなくていいのか?」
フィアの問いに、俺は首を振った。
「今は、それどころじゃない」
俺は、独房から助け出された男――セラの父親らしき人物に、視線を向けた。
「……あなたが」
男は、虚ろな目で、ゆっくりと俺を見上げた。
「……娘は……セラは、無事なのか……」
その声には、確かな父親としての想いが滲んでいた。
「無事です。今、外で待っています」
男の目に、涙が滲んだ。
「そうか……そうか……!」
俺は、静かに男の肩を支えた。
「立てますか。今すぐ、ここを出ましょう」
警報は、まだ鳴り続けている。俺たちは、負傷しながらも、セラの父を伴い、脱出経路へと急いだ。
肩の傷が疼く。だが、それ以上に、確かな達成感が、胸の奥に広がっていた。
―もう少しで、セラとの約束を果たせる。




