山への道
レイストンとの一件から数日後、俺たちは北の山岳地帯へと続く街道を進んでいた。
「思ったより、道が険しいわね」
セラが、息を切らしながら言った。標高が上がるにつれ、空気は薄く、冷たくなっていく。
「第三隔離施設は、この先の山間部にあるらしい。人里離れた場所を選んで作られたんだろう」
俺は、情報屋から得た地図を確認しながら言った。
「隠すには、都合がいい場所だからな」
フィアが、周囲を警戒しながら呟いた。
道中、俺たちは冒険者ギルドの依頼をこなしながら進んだ。山道に出没するモンスターの討伐、旅人の護衛。実戦経験を積み重ねる中で、四人の連携は、日に日に洗練されていった。
「―フィア、今の動き、良くなってるな」
ある日の戦闘後、俺はそう声をかけた。フィアは、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「おまえの記録法のおかげだ。……力を使う前に、一呼吸置く癖がついてきた」
「暴走の兆候は」
「まだ、完全には消えてない。でも、以前より、頻度は減ってる気がする」
セラが、記録用の羊皮紙を確認しながら頷いた。
「数字でも、それは裏付けられてる。戦闘後の消耗度が、明らかに以前より緩やかになってる」
俺は、静かな満足感を覚えた。前世で培った理論が、この世界でも、確かに人を救う力になっている。
夜、野営の焚き火を囲みながら、ガロがふと口を開いた。
「なあ、リド」
「なんだ」
「お前は、これから先、どこまで行くつもりなんだ」
思いがけない問いだった。
「どういう意味だ」
「セラの父親を助けて、影楔とかいう組織の正体も暴いて……その先だ。お前自身の目的は、まだ聞いてねぇ」
俺は、しばらく黙り込んだ。焚き火の炎が、パチパチと音を立てる。
「……正直、まだ全てが見えているわけじゃない」
俺は、静かに言葉を選びながら答えた。
「だが、一つだけ確かなことがある。俺には、いずれ向き合わなければならない過去がある。ゼインという男との話も、その一部だ」
セラとフィアも、静かに耳を傾けていた。
「その過去と向き合った時、俺は、今とは違う選択を迫られるかもしれない」
「違う選択、とは」
「まだ、はっきりとは言えない」
俺は、正直にそう答えるしかなかった。
沈黙が、しばらく場を包んだ。やがて、フィアが、静かに口を開いた。
「―別に、今すぐ全部話せとは言わない」
「フィア」
「ただ、一つだけ言っておく」
彼女は、焚き火の炎を見つめながら、静かに続けた。
「おまえが……いや、違うな。リドがどんな過去を抱えていようと、今、ここで積み上げてきたものは、嘘じゃない。……少なくとも、私はそう思ってる」
セラはフィアを見てクスッと笑った。
「…やっと名前で呼んだね」
ガロも、静かに頷いた。
「俺もだ。お前の秘密が何であれ、今のお前を見てりゃ、悪い奴じゃねぇってことくらい分かる」
セラも、小さく微笑んだ。
「私も。……いつか話してくれる日を、待ってる」
俺は、三人の顔を見つめながら、胸の奥に、温かいものが広がっていくのを感じた。
前世で失った信頼関係。だが今、目の前にいる三人は、確かな絆で、俺と繋がってくれている。
「ありがとう」
俺は、静かにそう言った。それ以上の言葉は、今は必要なかった。
焚き火の炎が、静かに夜の闇を照らしていた。
翌朝、俺たちは再び、北への道を歩き始めた。山々の向こうに、まだ見ぬ真実と、避けられない対峙が、静かに待ち構えていた。




