ガロの影
第三隔離施設を目指し、北への旅路につく前に、俺たちは一度、拠点となる街道沿いの町で態勢を整えることにした。
「装備の補充と、情報収集だ。北の山岳地帯は、これまでとは勝手が違う」
俺の言葉に、皆が頷いた。
その日の午後、ガロが一人、町の外れにある酒場から、険しい顔で戻ってきた。
「どうした」
「……偶然、聞いちまった」
ガロは、拳を握りしめながら、低い声で言った。
「俺を陥れた元上官、レイストン。奴が今、北方国境の視察で、この近くの町に立ち寄ってるらしい」
空気が、一瞬にして張り詰めた。
「本当か」
「酒場の噂話だ。確証はねぇ。だが……」
ガロの目に、抑えきれない感情が滲んでいた。
「もし本当なら、この機を逃す手はねぇ」
セラが、心配そうにガロを見つめた。
「ガロ、落ち着いて。証拠を突きつけるにしても、慎重にやらないと」
「分かってる。分かってるさ」
ガロは、深く息を吐いた。
「だが……もう何年も、あの野郎の顔を思い浮かべるだけで、腸が煮えくり返ってきた。目の前にいるかもしれないと思うと、平静ではいられねぇ」
俺は、静かにガロの肩に手を置いた。
「気持ちは分かる。だが、感情に任せて動けば、証拠の効力すら失いかねない」
「……そうだな」
ガロは、拳を震わせながらも、静かに頷いた。
「どうすればいい」
俺は、少し考えてから答えた。
「まず、その噂の真偽を確かめる。もし本当にレイストンがこの町にいるなら―正式な手続きを踏んだ告発の場を、俺たちで作る」
「正式な手続き、とは」
「今のガロは、既に自由民だ。名誉回復の申請も進んでいる。この状況なら、単なる私怨ではなく、正当な告発として動ける」
セラが、頷きながら付け加えた。
「証拠の写しも、私が整理してある。監査人への提出用に作ったものが、そのまま使えるはず」
フィアも、静かに口を開いた。
「私は詳しい事情は知らないが……ガロ、あんたが決着をつけたいなら、私たちも力を貸す。それだけは、はっきりしてる」
ガロは、三人の顔を順に見つめた。その目に、次第に落ち着きが戻っていくのが分かった。
「……悪いな。取り乱した」
「気にするな」
俺は、静かに言った。
「お前がずっと抱えてきたものだ。冷静でいろというほうが、無理な話だ」
その夜、俺たちは町の中を慎重に聞き込み、噂の真偽を確かめた。結果、レイストンという名の高官が、確かに近隣の宿に滞在していることが判明した。
「本物、か」
ガロの声が、僅かに震えていた。
「明日、正式な手続きで接触する。感情ではなく、証拠で語る」
俺の言葉に、ガロは深く頷いた。
「ああ……分かった」
その夜、俺は一人、宿の窓辺に立っていた。
ガロの積年の想いと、セラの父を巡る旅、そしてフィアの抱える謎。それぞれの過去と向き合いながら、俺たちの旅は、幾つもの糸が絡み合うように、複雑さを増していた。
そして、俺自身の過去―ゼインとの因縁、そして前世の秘密も、いずれ必ず、この旅の中で向き合わなければならない日が来るだろう。
「…積み上げてきたものが、また一つ、試される」
俺は、静かに呟いた。
北の山々の稜線が、月明かりの下、静かにその姿を横たえていた。




