地下の攻防
男が得物を抜いた瞬間、フィアが先に動いた。
「行くぞ!」
大剣が、唸りを上げて振り下ろされる。だが、男は最小限の動きでそれを躱し、逆にフィアの懐へと踏み込んだ。
「―速い」
フィアが、驚愕の声を漏らす。俺は、即座に加勢に入った。
前世で培った戦術眼が、男の動きを素早く分析する。無駄のない、洗練された剣技。ただの下級構成員ではない。
「フィア、下がれ!」
俺の声に、フィアが咄嗟に距離を取る。その隙に、俺は男の側面へと回り込んだ。
「―なるほど、連携は取れているようだな」
男は、余裕を崩さぬまま、俺の一撃を受け止めた。
「だが、それだけで、私を止められるとでも?」
鋭い斬撃が、俺の頬を掠める。前世の経験がなければ、今の一撃で致命傷を負っていただろう。
「フィア、力を使え。制御は俺が見る」
「―分かった!」
フィアの身体が、再び淡く輝き始めた。だが今度は、これまでとは違う。彼女は、俺が提案した呼吸法を意識しながら、力を解放していた。
「はぁあああッ!」
大剣の一撃が、これまで以上に鋭く、そして制御された形で放たれる。男は、初めて明確に後退した。
「…ほう」
男の声に、僅かな驚きが滲んだ。
「顕在種の暴走を、あえて制御しながら戦っているのか。……面白い連携だ」
だが、感心している暇はなかった。男は、素早く体勢を立て直し、再び攻勢に転じた。
「くっ……!」
俺は、男の連撃を受けながら、徐々に追い詰められていくのを感じた。単純な実力差では、まだ埋めきれない部分がある。
その時。
「―リド! フィア!」
廊下の奥から、ガロの声が響いた。
「加勢に来たぞ!」
ガロが、巨躯を活かして男の背後から斬りかかる。男は、初めて明確に舌打ちをした。
「数の利は、認めよう」
男は、素早く距離を取った。
「だが、今日のところは、これで終いにしておこう」
「逃がすか!」
ガロが追撃しようとするが、男は懐から何かを取り出し、地面に叩きつけた。
閃光と共に、視界が真っ白に染まる。
「―ッ、目が!」
俺たちが怯んだ一瞬の隙に、男の気配は、完全に消えていた。
「……逃げられたか」
視界が戻った頃には、地下施設全体に警報のような音が響き渡っていた。
「まずい、他の連中が来る! 撤退だ!」
俺たちは、記録を抱えたまま、来た道を駆け戻った。地上へと続く階段を駆け上がり、通気口から外へと飛び出す。
外で待機していたセラが、俺たちの姿を見て、安堵の表情を浮かべた。
「無事だったのね……!」
「ああ。だが、悠長にはしていられない」
俺たちは、そのまま夜の闇に紛れ、町の外れまで一気に駆け抜けた。
安全な距離まで離れたところで、ようやく足を止める。
「収穫はあったか」
ガロの問いに、俺は、写し取った記録を取り出した。
「セラ」
「なに」
「お前の父親は、生きている」
セラの目が、大きく見開かれた。
「本当に……?」
「ああ。第三隔離施設という場所に、拘束されているらしい。帝都からさらに北、山岳地帯だ」
セラは、震える手で記録を受け取り、食い入るように読み込んだ。やがて、堪えきれなくなったように、涙をこぼした。
「……生きてる。お父様が、生きてる……!」
ガロが、彼女の肩に、そっと手を置いた。
「よかったな」
フィアも、静かに微笑んだ。
俺は、そんな三人の姿を見つめながら、先ほどの男の存在を、静かに思い返していた。
あの洗練された剣技、そして「連携」という言葉への反応―ただの末端構成員ではない。もっと上位の存在の可能性が高い。
(あの気配、どこかで…)
前世の記憶の中に、微かに引っかかるものがあった。だが、それが何なのか、はっきりとは思い出せない。
「リド、大丈夫か? さっきから、難しい顔してるが」
ガロの問いに、俺は小さく首を振った。
「いや……次の目的地について、考えていた」
「第三隔離施設、か」
セラが、涙を拭いながら、決意の込もった目で頷いた。
「行きましょう。今度こそ、お父様を取り戻す」
俺たちは、静かに頷き合った。
新たな目的地、そして、より大きな敵の存在を予感させる出会い。旅は、確実に、次の局面へと突入していた。




