地下の記録
地下へと続く階段は、思いのほか長く、深かった。
石造りの壁には、等間隔で灯りが灯されている。俺とフィアは、足音を殺しながら、慎重に階段を降りていった。
「ここは」
階段を降りきった先に広がっていたのは、想像を超える規模の地下施設だった。整然と並んだ書棚、いくつもの小さな作業部屋。表向きの廃倉庫からは、到底想像できない光景だった。
「随分と、しっかりした施設だな」
フィアが、小声で呟いた。
俺たちは、人の気配を避けながら、慎重に奥へと進んだ。
「…あそこ」
フィアが指し示した先に、"記録保管庫"と札の掲げられた部屋があった。扉に鍵はかかっていたが、フィアが力任せに、しかし音を立てないよう慎重に開けてくれた。
「顕在種の腕力、こういう時は便利だな」
「褒めてるのか、それ」
「素直に褒めてる」
部屋の中には、無数の書類棚が並んでいた。俺は、その中から、"学者"の文字が含まれる記録を探し始めた。
「…あったぞ」
ある棚の一角に、"要注意人物リスト"と題された書類の束を見つけた。目を通していくと、そこには、顕在化研究に関わった学者たちの名が、詳細な経歴と共に記されていた。
そして、その中に。
「……セラの父親の名前だ」
俺は、息を呑んだ。書類には、セラの父の来歴、研究内容の概要、そして―
『被拘束者番号217。現在、第三隔離施設にて拘束継続中』
生きている。
その一文に、俺は強い衝撃を受けた。
「フィア、これを」
俺は、書類を素早く写し取った。
「第三隔離施設……場所の記載は」
書類をさらに読み進めると、地図の走り書きが添えられていた。帝都からさらに北、山岳地帯にある施設だという。
「帝都からも、離れた場所か」
「セラに、すぐにでも伝えなきゃな」
その時、廊下の奥から、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「―隠れろ」
俺とフィアは、素早く物陰に身を潜めた。
「巡回の時間か……いや、待て」
足音の主が、部屋の前で立ち止まる気配があった。
「―誰か、入った形跡がある」
低い、抑揚のない声。
心臓が、大きく跳ねた。
(この声――)
聞き覚えのある声だった。だが、誰の声か、すぐには思い出せない。
扉が、静かに開かれる。
俺は、影の中から、その人物の姿を確認した。
黒い外套を纏った、長身の男。顔の下半分を布で覆っているが、鋭い眼光は隠しきれていない。
その男が、部屋の中を一瞥した瞬間――
「―なるほど。侵入者、か」
男の視線が、俺たちの隠れる方向へと、真っすぐに向けられた。
「隠れても無駄だ。気配は、既に読めている」
俺は、拳を握りしめた。
「フィア、合図で動くぞ」
「ああ」
俺たちは、静かに、しかし確かな覚悟を持って、物陰から姿を現した。
「お前は、何者だ」
俺の問いに、男は、僅かに口の端を歪めた。
「それは、こちらの台詞だ。……ただの冒険者にしては、随分と危険な場所に足を踏み入れたものだな」
男の手が、腰の得物にかかる。
「ここで見たものは、決して外には出せない。……悪いが、口を封じさせてもらう」
緊張が、一気に高まった。
俺は、フィアと視線を交わし、静かに頷き合った。
ここからが、本当の戦いだった。




