情報屋
ヴェルダの街に、一週間ほど滞在した頃。
「手がかりが見つかったかもしれない」
セラが、興奮を隠しきれない様子で宿に駆け込んできた。
「本当か」
「ギルドの依頼で知り合った情報屋が、"学者組合特別調査部"について、何か知ってるみたい。ただし……」
「ただし?」
「タダじゃ教えてくれないって。それなりの金額を要求された」
俺は、ガロと顔を見合わせた。
「報酬なら、ここ最近の依頼で貯まってる。惜しむ場面じゃない」
「賛成だ」
フィアも、迷わず頷いた。
「私も出す。仲間のためだ」
「フィア、お前まで」
「顕在種の起源に関わる話かもしれないんだろう。他人事じゃない」
彼女の言葉に、俺は静かに頷いた。この短い旅の中で、フィアは既に、単なる同行者以上の存在になりつつあった。
情報屋との接触は、その日の夜、街の外れにある薄暗い酒場で行われた。
「―お前らが、噂の新人冒険者パーティか」
情報屋は、フードを目深に被った、年齢不詳の人物だった。声色から、恐らく男だろうと推測できる。
「学者組合特別調査部について、知っていることを教えてほしい」
俺が単刀直入に切り出すと、情報屋は、僅かに笑ったような気配を見せた。
「随分と危ない橋を渡ろうとしてるな、お前ら」
「危ない、とは」
「あの組織、表向きは学術調査部門だが、実態は違う。……帝国内でも一部の人間しか知らない、諜報活動の隠れ蓑だ」
セラの表情が、強張った。
「影楔と、関係が?」
情報屋は、一瞬沈黙した。
「…その名前、どこで知った」
「知っているのか」
「知らないとは言わせない反応だったな、今の」
情報屋は、低く笑った。
「まあいい。教えてやる。学者組合特別調査部は、影楔の下部組織の一つだ。表向きは危険思想の学者を"保護"するという名目で、実際には拉致・監禁・尋問を行っている」
俺は、静かに拳を握りしめた。セラの父も、この組織に連れ去られたのだろう。
「その拠点は」
「帝都近郊、いくつかの都市に点在している。だが……全ての拠点情報を、俺一人が把握しているわけじゃない」
「知っている範囲でいい」
情報屋は、一枚の羊皮紙を取り出した。地図の写しだった。
「この街から北東、二日ほどの距離にある町―カレイルに、比較的小規模な拠点がある。警備は薄いが、情報の質は高いはずだ」
セラが、地図を食い入るように見つめた。
「本当に……ここに、お父様の手がかりが」
「保証はできない。だが、可能性はゼロじゃない」
情報屋は、報酬を受け取ると、静かに席を立った。
「一つ、忠告しておく」
「なんだ」
「影楔は、末端の情報屋にすら容赦しない組織だ。俺がお前らに情報を渡したことが知られれば、俺も、お前らも、無事では済まない」
情報屋は、フードの奥から、鋭い視線をこちらに向けた。
「潜入するなら、慎重にな。……特に、お前」
その視線は、なぜか俺に向けられていた。
「俺、とは」
「妙な気配がする。ただの冒険者にしちゃ、な」
情報屋は、それ以上何も語らず、酒場の闇へと姿を消した。
「……なんだったの、今の」
セラが、不安げに呟いた。
「分からない。だが、有益な情報だった」
俺は、地図を丁寧に折りたたんだ。
「カレイル、か。……行ってみる価値はある」
ガロが、拳を鳴らしながら頷いた。
「善は急げだ。明日には出発するか」
フィアも、静かに頷いた。
「私も、行く」
俺は、三人の顔を見つめた。
「ああ。全員で行こう」
宿に戻る道すがら、俺は情報屋の最後の言葉を、静かに反芻していた。
―妙な気配がする。
前世の記憶を持つ者として、この体には確かに、"通常ではない"何かが宿っているのだろう。それがどこまで、周囲に感知されているのか。
窓の外、夜空に浮かぶ月を見上げながら、俺は静かに気を引き締めた。
新たな手がかりへの期待と、深まりゆく謎への警戒。二つの感情を抱えたまま、俺たちの旅は、
次の町―カレイルへと向かっていく。




