暴走の兆し
その夜、宿の一室に、四人で集まった。
「話す、と言ったな」
俺が切り出すと、フィアは、少し躊躇いがちに口を開いた。
「……子供の頃から、たまにあったんだ。力が、自分の意志を超えて溢れる瞬間が」
「具体的には」
「戦闘中、興奮したり、追い詰められたりすると、顕在値が急激に跳ね上がる。最初は喜んでた。強くなれてる、って。でも」
フィアは、自分の手のひらを見つめた。
「使った後、決まって身体が悲鳴を上げる。今日みたいに、膝が折れることもある。……最近は、その頻度が増えてる気がする」
セラが、真剣な表情で尋ねた。
「顕在種特有の症状、って言ってたわよね。詳しい原因は分かってるの?」
「分からない。……というより、顕在種自体、詳しい研究がほとんどされてない。差別と畏怖の対象だから、まともに調べようとする学者もいない」
フィアの声には、隠しきれない苦さがあった。
俺は、静かに考えを巡らせた。前世で培った知識、そしてこの世界で積み上げてきた自己数値化理論―それらを組み合わせれば、何か糸口が見えるかもしれない。
「フィア、一つ提案がある」
「なんだ」
「お前の力の使用状況を、俺の記録法で管理してみないか」
フィアは、怪訝な顔をした。
「記録法?」
「顕在化を持つ者は、通常、自分の成長を数値で自覚できる。だが、その数値の"急激な変動"そのものは、意識的に管理されていないはずだ。俺たちがやっている自己数値化―鍛錬や戦闘の記録を細かく残し、傾向を分析する手法を、お前の症状の観察に応用する」
セラが、目を輝かせた。
「それ、いいかもしれない。感覚だけで判断してると、悪化の兆候を見逃しがちだから。数字で傾向を追えれば、暴走が起きる条件が見えてくるかもしれない」
フィアは、しばらく黙り込んでいたが、やがて、小さく頷いた。
「……分かった。やってみる」
「今日の戦闘についても、詳しく聞かせてくれ。どのタイミングで、どんな感覚があったか」
フィアは、記憶を辿りながら、当日の戦闘の様子を語り始めた。セラが、それを丁寧に羊皮紙へ書き留めていく。
「―二体目のガーゴイルを斬った時、頭の中で"何か"が弾けるような感覚があった。それ以降、力の制御が、いつもより難しくなった」
「引き金になるような、特定の感情はあるか」
「……怒り、かもしれない。誰かに顕在種だと蔑まれた直後は、特に酷い」
俺は、静かにその情報を頭の中で整理した。
「感情の昂りと、力の暴走が連動しているなら、まず取り組むべきは、感情そのものの制御よりも"感情が昂った時の対処法"を、体に覚えさせることかもしれない」
「対処法?」
「呼吸の仕方、意識の逸らし方。前世で、感情的になりがちな弟子たちに教えていた方法がある」
俺は、思わず口を滑らせたことに気づいた。だが、もう遅かった。
「……前世?」
フィアが、怪訝な顔でこちらを見た。
セラとガロも、こちらを振り向いて固まっている。
俺は、一瞬迷ってから、静かに答えた。
「言葉の綾だ。……昔、似たようなことを教える立場にいた、という意味だ」
「…その歳でか?」
フィアは、それ以上追及しなかった。だが、その目には、微かな疑問の色が残っていた。
「…まあ、いい。とにかく、やってみよう。おまえの言う"記録"ってやつを」
その夜から、俺たちは新たな取り組みを始めた。フィアの戦闘記録、感情の変動、力の使用状況―全てを数値化し、傾向を探る作業。
数日が経ち、ある程度のデータが集まった頃、俺はセラと共に、一つの傾向を見出しつつあった。
「フィアの暴走、単純な感情の昂りだけが原因じゃないかもしれない」
「どういうこと?」
「戦闘時間が長引くほど、暴走の兆候が強くなる。……まるで、顕在化の力そのものが、時間経過と共に"制御を失っていく"ような」
セラの表情が、強張った。
「それって……」
「まだ確証はない。だが、もしこの傾向が正しければ、根本的な原因は、感情ではなく、フィアの顕在化の力そのものにあるのかもしれない」
窓の外、旅の道中に見る夜空は、属州レーヴェクで見たものと、どこか違って見えた。
新たな謎、新たな仲間、そして、まだ見ぬ危険。
積み上げてきたものを胸に、俺たちの旅は、確実に、次の段階へと進んでいた。




