紫の瞳
「―だから、私は嘘なんてついてない!」
女性冒険者の声が、ギルドの入り口に響き渡る。彼女を取り囲む男たちは、下卑た笑いを浮かべていた。
「へえ、じゃあ本当に、単独であのオーガの群れを片付けたって言うのか?」
「そうだ」
「顕在種の嬢ちゃんは、口だけは達者だな」
その言葉に、彼女の表情が、瞬時に凍りついた。
「……今、なんて言った」
「聞こえなかったか? "顕在種"だって言ったんだよ」
男の一人が、わざとらしく彼女の瞳を覗き込んだ。
「その紫の目、生まれつきだろう。あんたら顕在種は、力だけは人並み外れてるが、その分、頭のネジも人並みじゃないって話だ。単独でオーガの群れなんて、盛った話に決まってる」
「……ッ」
彼女の拳が、震えながら握りしめられる。俺は、その光景を、静かに見つめていた。
前世で、何度も似たような場面を見てきた。理不尽な偏見に晒され、それでも黙って耐えるしかない者たちの姿を。
「やめておけ」
俺は、思わず声をかけていた。
男たちが、揃ってこちらを見る。
「なんだ、お前は」
「彼女の実力を疑うなら、自分で確かめればいい話だ。憶測だけで侮辱するのは、ただの臆病者のすることだ」
場の空気が、一瞬にして張り詰めた。
「は?…なんだと」
男の一人が、俺に詰め寄ろうとした瞬間。
「あんたに、庇ってもらう筋合いはない」
鋭い声が、俺を制した。
紫の瞳の女性が、こちらを睨みつけていた。
「な―」
「余計な口を挟むな。私は、自分の力で片をつける」
彼女は、男たちに向き直った。
「オーガの討伐証明なら、ここにある」
彼女は、懐から小さな魔石を取り出した。オーガ特有の、赤黒い結晶だった。
「単独討伐の証だ。文句があるなら、ギルドの鑑定士にでも見せてやる」
男たちは、気まずそうに顔を見合わせた。証拠を前に、それ以上の言いがかりをつける口実を失ったのだろう。
「……ふん。今日のところは、これで勘弁してやる」
男たちは、捨て台詞を残して去っていった。
静けさが戻った入り口で、彼女は俺に向き直った。
「―さっきのは、余計なお世話だ」
「そうか。だが、放っておけなかった」
「なぜ」
「理不尽な物言いは、見過ごせない性分でな」
彼女は、しばらく俺を睨みつけていたが、やがて、小さく息を吐いた。
「……フィアだ」
「リドだ」
「あんたも、冒険者か?」
「登録したばかりだ。こっちは仲間のセラとガロ」
セラとガロが、それぞれ会釈する。フィアは、警戒するような目で俺たちを見回した。
「顕在種だからって、腫れ物扱いはごめんだぞ」
「そのつもりはない」
俺は、静かに言った。
「実際、俺自身も、似たような扱いを受けてきた」
「……あんたが?」
フィアの目に、僅かな興味の色が浮かんだ。
「無属だ。力の数値が持てない者への蔑称、知っているだろう」
フィアは、意外そうに目を見開いた。
「無属が、剣闘士上がりの冒険者……? しかも、F級には見えない立ち回りだったな、さっきの」
「なんだ?見ていたのか」
「まあな」
フィアは、僅かに口の端を上げた。それは、これまでの警戒した表情とは違う、初めて見せる笑みだった。
「悪くない目をしてる。……気に入った」
「それは光栄だ」
「今度、依頼で組んでみるか。私は基本、単独行動だが……お前らなら、少しは頼りになりそうだ」
セラとガロが、驚いたように顔を見合わせた。
「随分と、気安いのね」
セラが、小声で呟いた。
フィアは、そんなセラの視線に気づいたのか、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「……別に、誰にでもこんなことは言わない。ただ、あんたの目が、嘘をついてるようには見えなかっただけだ」
俺は、静かにその言葉を受け止めた。
前世で失った信頼関係を、この世界で少しずつ、また積み上げている実感があった。
「よろしく頼む、フィア」
「ああ」
彼女は、力強く頷いた。
紫の瞳に、確かな意志の光が宿っていた。
【用語ミニ解説】
顕在化 ―― 個人の熟練度や体力が”数値”として自覚できるようになる、この世界の力の仕組みそのもの。
顕在種 ―― 顕在化の力が生まれつき異常に強く出る、稀な体質の人々。強大な力を持つが、その異質さゆえに差別されている。
無属 ―― 顕在化の力を全く持たない者への蔑称。数値化された才能がないとされ、見下されている。




