暴かれる不正
「何を、根拠のないことを――」
ヴィクトルが、顔を紅潮させながら立ち上がった。だが、その声には、明らかな動揺が滲んでいた。
「根拠なら、ここに」
ゼインは、羊皮紙の束を監査人へと差し出した。
「属州総督ヴィクトル・レーンの私的支出記録。表向きは特別警備費とされていますが、振込先の多くが、興行組合の正式な取引先リストに存在しません」
監査人が、怪訝な顔で羊皮紙を受け取り、目を通し始める。その表情が、次第に険しくなっていく。
「……これは」
「加えて」
ゼインは、さらに続けた。
「本日の興行自体にも、不正の疑いがあります。閣下は、対戦剣闘士リドに対し、賭博の盛り上がりを操作するための"演出"を強要していました」
会場が、どよめきに包まれた。俺は、闘技場の中央で、静かにその光景を見つめていた。
(なぜ、ここまで踏み込む)
計画では、証拠の提示は監査人へ静かに、間接的に行うはずだった。ゼインの行動は、あまりに公然、あまりに大胆すぎる。
「馬鹿な……! 言いがかりだ!」
ヴィクトルが、声を荒らげた。
「監査人閣下、これは私を陥れるための陰謀です! この男の言葉に、なんの証拠が――」
「証拠なら、もう一つある」
その時、貴賓席の近くから、別の声が上がった。
ガロだった。彼は堂々と姿を現し、懐から古びた書類を取り出した。
「帝国軍時代の不正告発の記録だ。俺を陥れた上官の名も、ここにある。……この属州の腐敗は、今に始まったことじゃねぇ。帝国全体に根を張ってる病だ」
会場が、さらなる騒然とした空気に包まれる。
「なっ!なぜお前まで」
ヴィクトルの声が、明らかに上ずっていた。
俺は、この機を逃さなかった。
「監査人閣下」
俺は、闘技場の中央から声を張り上げた。
「今この瞬間も、私は"演出通りの逆転"を求められています。ですが」
俺は、剣を静かに下ろした。
「これ以上、この茶番に付き合うつもりはありません」
会場が、水を打ったように静まり返った。
監査人は、しばらく沈黙した後、重々しく口を開いた。
「―ヴィクトル・レーン。本日をもって、総督としての職務を一時停止する。詳細な調査は、帝都本部にて改めて行う」
「そんな……! 私は――」
ヴィクトルの声は、もはや誰の耳にも届いていないようだった。彼を取り囲むように、監査人の護衛兵たちが動き始める。
俺は、混乱する会場の中で、ゼインの姿を探した。彼は、貴賓席の端で、静かにこちらを見下ろしていた。その表情からは、何を考えているのか読み取れない。
「―なぜだ」
俺は、闘技場の中央から、ゼインに向かって問いかけた。
「なぜ、単独で動いた。予定にはなかったはずだ」
ゼインは、僅かに口の端を歪めた。
「予定通りに動けば、お前の"逆転劇"の手柄になる。……それは、俺の望むところじゃない」
「どういう意味だ」
「この一件は、俺が調査を主導したという実績にする必要がある。……上に、報告するためにな」
その言葉には、単なる正義感以上の、切実な事情が滲んでいた。俺は、彼の目の奥に、隠しきれない焦りのようなものを見た気がした。
「お前は、何かに追われているのか」
俺の問いに、ゼインの表情が、一瞬固まった。
「……余計な詮索はするな」
そう言い残し、彼は踵を返し、護衛兵たちの方へと歩いていった。
会場は、いまだ興奮と混乱の坩堝と化していた。ヴィクトルが連行されていく光景を、観客たちが唖然と見守っている。
俺は、静かに息を吐いた。
積み上げてきた計画は、予想外の形で成就した。だが同時に、新たな謎―ゼインが抱える切実な事情の存在が、俺の中に、重く残っていた。
控室に戻ると、セラとガロが待っていた。
「……やったのね」
セラの声は、興奮と安堵が入り混じっていた。
「ああ。だが、想定以上の展開だった」
俺は、ゼインとのやり取りを、簡潔に伝えた。
「奴は、何かに追われている。それも、かなり切実に」
ガロが、腕を組みながら唸った。
「敵か味方か、ますます分からねぇ野郎だな」
俺は、窓の外に広がる、収穫祭の賑わいを見つめた。
ヴィクトルの失脚。属州の腐敗の一角が、確かに崩れた。だが、この一件の裏に潜む、より大きな影―影楔の存在は、まだ何一つ解明されていない。
―嵐は、確かに一つの決着を見た。だが、本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。




