大興行、開幕
収穫祭の朝は、抜けるような晴天だった。
属州レーヴェクの闘技場には、これまで見たこともないほどの人が詰めかけていた。街中の飾り付けが、朝日を受けて色鮮やかに輝いている。祭りの喧騒と、大興行への期待に満ちた熱気が、闘技場全体を包み込んでいた。
「準備はいいか」
控室で、俺はセラとガロに、最後の確認をした。
「いつでも」
セラが、証拠の写しを収めた懐を、そっと押さえながら頷いた。
「俺も、いつでもいける」
ガロも、力強く頷いた。
「今日で、全部決着をつける」
俺は、二人の顔を見つめてから、静かに立ち上がった。
「行ってくる」
闘技場の中央へと続く通路を、俺は一人歩いた。歓声が、地鳴りのように響いてくる。貴賓席には、ヴィクトル、監査人、そして少し離れた位置にゼインの姿があった。
「対戦剣闘士、入場!」
司会の声とともに、俺は闘技場の中央へと踏み出した。
対する相手―隣属州から招聘された金級剣闘士ライオネルは、屈強な体躯を持つ男だった。彼自身は、恐らくこの"演出"の詳細までは知らされていないのだろう。純粋な実力者としての気迫を纏っている。
「対戦相手、ライオネル!」
観客席が、割れんばかりの歓声で応える。
「始め!」
合図とともに、俺は計画通り、あえて劣勢に立ち回った。
ライオネルの攻撃を、ぎりぎりで受け続ける。時折、わざと隙を見せ、浅い傷を受け入れる。会場のボルテージが、着実に上がっていくのが分かった。
「押されてるぞ、無属!」
「今日はここまでか!」
野次が飛び交う。だが、俺の意識は冷静だった。演技と実戦の境界線を、慎重に見極めながら、時が来るのを待つ。
貴賓席のヴィクトルは、満足げな笑みを浮かべていた。台本通りに進む興行に、機嫌を良くしているのだろう。
(もう少しだ)
俺は、ライオネルの攻撃を受けながら、視界の端でセラの動きを追っていた。彼女は、記録係としての立場を利用し、少しずつ、貴賓席の従者へと近づいていく。
十数合を超えた頃、俺は"逆転"の合図となる技――前世から受け継いだ、独自の踏み込みを繰り出す準備を始めた。
だが、その瞬間。
貴賓席の方角から、鋭い声が響いた。
「――待て!」
ゼインの声だった。
会場が、一瞬にしてざわめきに包まれる。
「何事だ!」
ヴィクトルが、苛立たしげに立ち上がる。
ゼインは、貴賓席の中央へと進み出た。その手には、見覚えのある羊皮紙の束が握られていた。
「監査人閣下。この興行、そしてこの属州の統治について、看過できない証拠が見つかりました」
会場中の視線が、一斉にゼインへと集中する。
俺は、闘技場の中央で動きを止めたまま、その光景を見つめていた。
(まさか――)
計画にはなかった、ゼインの単独行動。予想外の展開に、俺の心臓が、大きく跳ねていた。




