証拠を出す時
「側近が目を覚ませば、俺たちの仕業だとバレる。時間はない」
夜明け前、俺たちは牢の隅で額を突き合わせていた。
「奴が目を覚ますまで、あとどれくらいだ」
ガロの問いに、俺は首を振った。
「分からない。当て身の加減はしたが、確実とは言えない。最悪、今日中にも動きがあるかもしれない」
セラが、震える手で羊皮紙を握りしめた。
「なら、こっちから先に動くしかない」
「先に?」
「監査人本人に、直接、証拠を突きつける。ヴィクトルが動く前に」
俺は、セラの提案を頭の中で吟味した。危険な賭けだ。だが、このまま待っていても、状況は悪化するだけだろう。
「監査人に接触する手段は」
「大興行の当日、対戦剣闘士は貴賓席への挨拶が義務付けられてる。その時なら、直接近づける」
「だが、その場にはヴィクトルもいる。下手に動けば、その場で消される可能性もある」
ガロが険しい顔で言った。
俺は、しばらく黙考した。前世で培った戦術眼が、状況を整理していく。
「…ならば、複数の手を同時に使う」
「複数?」
「まず、ガロ。お前の持っている証拠を、今度こそ使う時が来た」
ガロの目が、大きく見開かれた。
「俺の……上官の不正の証拠か」
「ああ。それ自体は、この属州の話とは直接関係ない。だが、"帝国軍にすら不正を揉み消す前例がある"という事実を監査人に示せば、ヴィクトルの不正にも、より強い疑いの目が向く」
セラが頷いた。
「それに合わせて、ヴィクトルの裏帳簿の写しを、私が匿名で監査人の従者に渡す。……直接ではなく、間接的に」
「監査人が動かなかったら?」
ガロの問いに、俺は静かに答えた。
「その時は、大興行の場で、俺自身が動く」
「どういうことだ」
「ヴィクトルは、俺に"演出"を強要した。序盤で劣勢を演じ、土壇場で逆転しろ、と。……その"逆転"の瞬間を、証拠の暴露と同時に行う」
セラが息を呑んだ。
「それ、観客全員の前でやるってこと?」
「ああ。大興行には、帝都の要人も集まる。衆人環視の中で不正が暴かれれば、ヴィクトルも簡単には揉み消せない」
沈黙が落ちた。ガロが、やがて低く笑った。
「無茶苦茶な作戦だな。だが……嫌いじゃない」
「危険は承知の上だ。だが、このまま黙って消されるのを待つよりは、遥かにマシだ」
セラは、深く息を吸い込んでから、決意を込めた目でこちらを見た。
「分かった。証拠の整理、今日中に終わらせる」
「俺は、今日から改めて上官の証拠を見直す。使える形に整えとくよ」
俺は、二人の顔を見つめた。
前世で、これほどまでに危険な計画を、これほどまでに信頼できる仲間と共に立てたことが、いつ以来だったろうか。
「一つだけ、約束してくれ」
「なんだ」
「もし計画が失敗しても、全ての責任は、俺が取る」
セラとガロは、顔を見合わせ、それから同時に笑った。
「バカ言うな」
ガロが言った。
「一緒に決めたことだ。失敗したら、一緒に責任取るに決まってんだろ」
セラも頷いた。
「そうよ。あなただけの計画じゃない、私たちの計画」
胸の奥に、熱いものがこみ上げてくる。
前世で失った、対等な信頼関係。それを、今、この場所で、もう一度手にしている実感があった。
「―大興行まで、あと十日」
俺は、静かに呟いた。
「積み上げてきた全てを、賭ける時が来た」
窓の外、朝日が昇り始めていた。長い夜が明け、新たな戦いへの準備が、静かに、しかし確実に動き出していた。




