表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/46

記録係への尋問


その日、俺は鍛錬中に妙な胸騒ぎを覚えていた。理由のない不安ではない。前世で培った、危機を察知する感覚だった。


「セラの姿が、見当たらない」


昼過ぎになっても、いつもの時間にセラが記録を届けに来なかった。ガロも眉をひそめる。


「…珍しいな。あいつが遅れるなんて」


俺たちは、看守の目を盗んで記録室の方角を窺った。だが、部外者の奴隷剣闘士が近づける場所ではない。もどかしい時間が過ぎていく。


夕刻になって、ようやくセラが牢の前に姿を現した。顔色が悪い。


「セラ、何があった」


「……ゼインに、呼び出された」


セラの声は、微かに震えていた。


「記録係としての職務について、色々と聞かれたわ。特に――あなたの試合記録を、なぜあれほど詳細に取っているのか、って」


心臓が、重く沈んだ。


「何と答えた」


「無属が銅級以上を破った試合だから、興行組合として記録価値が高いと判断した、って。……表向きは、正当な理由になってるはず」


「信じたか、あの男」


「分からない。でも」


セラは、一度言葉を切った。


「途中から、質問の内容が変わったの。あなたのことじゃなく―お父様について」


俺は息を呑んだ。


「なぜ、お前の父親のことを」


「興行組合の古い記録を漁った際に、私の身元も分かったんだと思う。学者の娘が、なぜ記録係に落ちぶれたのか。……そこから辿ったんでしょうね」


セラの手が、微かに震えていた。


「怖かった。あの人の目、まるで全部見透かされてるみたいで」


「何を聞かれた」


「父の研究が、無属戦役に関するものだったかどうか。それだけ」


「答えたのか」


「……分からない、って答えた。父がいなくなった時、私はまだ子供だったから、詳しいことは何も知らない、って」


セラは、自分の手を握りしめた。


「嘘は、ついてない。本当に、詳しいことまでは知らないから」


「賢明な判断だ」


俺は、静かに言った。


「下手に隠そうとすれば、逆に怪しまれる。知らないものは知らないと言い切る方が、時に一番安全だ」


セラは、僅かに肩の力を抜いた。


「……リド」


「なんだ」


「私、怖いの」


セラの声が、初めて弱々しくなった。


「お父様がいなくなった時と、同じ空気を感じる。もし私まで連れて行かれたら―」


俺は、格子の隙間から、彼女の手にそっと触れた。


「そうはさせない」


「ッ?」


「約束する」


セラは、驚いたようにこちらを見つめた。俺自身、その言葉に驚いていた。前世で裏切られて以来、誰かにこれほど強く約束するのは、初めてのことだった。


「……ありがとう」


セラは、小さく微笑んだ。それは、これまで見た彼女の表情の中で、最も柔らかいものだった。


その夜、ガロが低い声で言った。


「なあ、リド。セラを守るってのは、本気か」


「本気だ」


「そうか。なら、俺も守ろう。それが、俺の役目だな」


ガロは、拳を握りしめた。


俺は、二人の顔を見つめながら、胸の奥に確かな決意が固まっていくのを感じていた。


前世で失ったもの。裏切られた記憶。それでも今、目の前にいる二人を、俺はもう一度、心から守りたいと思っている。


―積み上げてきたのは、数字だけじゃない。


窓の外、夜風が乾いた砂の匂いを運んでくる。収穫祭までの日々は、確実に、しかし静かに、緊張の糸を張り詰めさせていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ