探られる過去
ゼインとの邂逅から三日が経った。
その間、監査は表向き粛々と進んでいるようだった。だが、俺たちの周辺では、これまでとは違う気配が漂い始めていた。
「リド、聞いたか」
ガロが険しい顔で牢に駆け込んできた。
「何をだ」
「監査人の随行―あのゼインとかいう男が、興行組合の記録係にお前の身元を洗わせてるらしい」
心臓が、跳ねた。
「身元を?」
「ああ。いつ、どこで奴隷として登録されたのか。それ以前の記録はあるのか。……根掘り葉掘り、調べてるってよ」
俺は奥歯を噛んだ。予想はしていたが、思っていたより早い動きだった。
「セラは」
「今、記録室の方に行ってる。何か掴めるかもしれないってな」
しばらくして、セラが息を切らせて戻ってきた。
「リド……まずいことになってるかも」
「何が分かった」
「あなたの、この身体の記録。奴隷として登録される前の情報が、ほとんど残ってない。それが逆に、怪しまれる材料になってる」
セラは眉をひそめた。
「普通、奴隷剣闘士の記録には、出身地や親の名前くらいは書かれてるものなの。でも、あなたの記録は空白だらけ。ゼインは、そこに違和感を持ったみたい」
俺は、この体の持ち主―元のリドについて、改めて考えを巡らせた。断片的な記憶しか流れ込んでこない以上、詳しい素性は俺自身にも分からない。だが、記録の不自然さが疑いの種になっているのは、皮肉な話だった。
「……このままだと、どうなる」
「分からない。でも、ゼインがもし本気で調べる気なら、いずれ闘技場の外…属州全体の記録にまで手を伸ばすはず」
セラの声には、隠しきれない不安があった。
「もし、あなたの正体が何であれ、それが表沙汰になったら……ただの奴隷剣闘士としては、済まされなくなる」
俺は静かに考えを巡らせた。前世の記憶を持つ存在だと知られれば、それこそ致命的だ。だが、今更取り繕う術はない。
「セラ」
「なに」
「お前が持っている、父親の研究ノート。あれに書かれている無属戦役の話―ゼインが、それにたどり着く可能性は」
セラの表情が、強張った。
「……低くはないと思う。あの人、只者じゃない目をしてた」
「なら、あのノートは、当面お前が肌身離さず持っていてくれ。俺が持っているより、遥かに安全だ」
セラは頷いた。
「分かった。……リド、一つ聞いていい?」
「なんだ」
「あなたは、ゼインに何を知られたら、一番まずいの?」
核心を突く問いだった。俺はしばらく沈黙してから、静かに答えた。
「俺が…誰なのか、だ」
それ以上は答えなかった。セラも、それ以上は聞いてこなかった。
その夜、ガロが低い声で言った。
「なあ、リド。お前がどんな秘密を抱えてようと、俺はもう、お前を信じると決めた」
「……ガロ」
「だがな、もし本当にヤバいことになったら、遠慮なく言え。俺にできることなら、なんでもする」
粗野な男の、不器用な優しさだった。俺は小さく頷いた。
「ありがとう」
窓の外、夜風が乾いた砂の匂いを運んでくる。監査の期間は、まだ半月近く残っている。
その間、ゼインの追及がどこまで及ぶのか。俺たちにできることは、限られていた。
積み上げてきたものを守るためにも、今は、大興行に向けた鍛錬に集中するしかない。
そう自分に言い聞かせながらも、俺の胸の奥には、拭いきれない緊張が、静かに渦を巻き続けていた。




