8:最後のオーダー
開館前のギルド。
張り詰めた空気の中、次々と舞い込む戦況報告が、私たちを絶望の淵へ突き落としていた。
ギルドに魔王国が国境に向け兵を移動し始めたとの報が入り、
その後に次々と観測された情報が入ってくる。
こんなの・・・知らない・・・。
知らない・・・。
私が・・・私が介入したせい・・・?
セシリアの顔が真っ青になる。
魔王国の各地から移動を開始した兵はおおよそ15000。
それらが国境に向け集結しつつあるとのことだった。
対する王国軍のズォルの駐留兵はおおよそ1000。
周辺の街の駐留兵がズォルに向けて移動を開始しているが、合計でおおよそ1500。
絶望的な戦力差。
私の描いた盤面にはない数字だ。
これまで介入を重ね、計算し尽くしてきたはずの戦力が、暴力的なまでの物量に塗り潰されていく。
街の住民へ避難命令が出る。
そして、ギルドオーダーが発令された。
・・・・・
「我々はギリギリまで冒険者たちをサポートする。
ここまで危険が及ぶ場合は、各自退避を。」
ギルド長が悲痛な面持ちで私たちを鼓舞するが、その表情には隠しようのない死の影があった。
そして、街に鐘の音が鳴り響いた。
◇◇◇◇◇
本来、ギルドオーダーへの参加は強制である。
断れば評価を下げランクの降格の対象になる。
が、絶望的な戦力差を前に、ギルド長は不参加でも不問にする旨をギルドオーダーに書き込んだ。
開館と同時に冒険者たちが入って来た。
そして次々にギルドオーダーを受注していく。
目覚ましい戦果を挙げることができれば、名誉と莫大な報奨金を得るチャンスがある。
当然ながらそういったことを目的にしている冒険者はいる。
が、
手続きをし「ご無事で。」と言うと、
「姉ちゃん達は心配すんな。街は俺たちが守ってやる。」
「あんた達が街に残るってんだ。俺たちが逃げてどうする。」
と答える冒険者たちも多かった。
そしてその中にアルトの姿もあった。
手続きを終え、セシリアが「ご無事で。」と言うと、アルトは静かにうなづいた。
皆さん・・・、
アルト。どうか死なないで。
手続きを終えた冒険者たちが王国軍の陣地に向け次々とギルドを出ていく。
手続きを終えた冒険者が最後の一人となったとき、ギルド長がホールを見渡して叫んだ。
「どうか、ご無事で!」
受付嬢たちも一斉に立ち上がり、胸に手を当てる。
「どうか、ご無事で!」
ホールには、これから二度と戻らないかもしれない者たちへの、せめてもの祈りがこだましていた。
・・・・・
ギルド長がカウンターの受注用紙を集め、数える。
「203人・・・か。
ありがとう。よくここまで残ってくれた・・・。」
ぼそっとつぶやく。
その後にパラパラと冒険者が来館し手続きをした。
夕方までの時点で211人になった。
明日以降、応援の冒険者達が到着すればもう少し増えるだろう。
そしてその日は開戦せずに一日が終わった。
◇◇◇◇◇
2日目。
軍からの情報によれば、国境近くに陣を張る魔王軍には着々と兵が到着し、
すでに10000を超える兵が集結しているとのこと。
対する王国軍は、今日の朝の時点でおおよそ2000。
冒険者たちは街の門で防衛線を張るとのこと。
私の知っている侵攻じゃない。
どうなるか考えると不安でいっぱいになる。
午後になると近隣の街からギルドオーダーに応じた冒険者たちが到着した。
41人。
総勢244人が街の防衛にあたることになる。
当然ながらその中にはアルトの姿もあった。
そしてその日も魔王軍に動きはなく一日が終わった。
◇◇◇◇◇
3日目。
日の出と共に魔王軍が進軍を開始。
10000を超える兵が一気に国境超えた。
報告が入ったギルド内に緊張が走る。
セシリアはカウンターに座り、手を合わせ神に祈ることしかできなかった。
大勢は開戦30分後には決した。
あっという間の決着。
物量に物を言わせて一気に押し込んだ魔王軍に王国軍はなすすべもなく一気に瓦解し蹂躙された。
そして軍勢は止まることなくそのまま街へ向かって侵攻を続けた。
・・・・・
カンカンカンカン・・・・・
鐘が鳴り響いた。
本来なら時を告げるためのもの。
今は、緊急事態を告げるために止まることなく叩き続けられていた。
爆発音のような音。
叫ぶ冒険者達の声。
そして地響き。
「避難するぞ!」
ギルド長が叫ぶ。
セシリアを含む受付嬢が立ち上がる。
その時。
ドーーーーン。
頭上で爆発音が鳴り、建物が大きく揺れる。
そして屋根が2階を巻き込んで崩落した。
◇◇◇◇◇
う・・・。
目を開けると視界が真っ赤に染まっていた。
頭部から血がしたたり落ち、地面に血だまりができている。
気を失っていた・・・。
どのくらいの時間・・・?
鐘の音は聞こえない。
爆音は聞こえない。
「お、終わった・・・の?」
ゲホっと咳をすると口から真っ赤な血が出た。
「あああああああっ!」
激痛で思わず叫ぶ。
見ると、腹部に50cmほどの長さ。人の腕ほどの太さの木材が突き刺さっており、背中まで貫通していた。
「ぐっ!あああああああっ!」
瓦礫を支えにして立ち上がる。
横を見ると受付嬢が瓦礫の下に倒れていた。
セシリアはよろよろと近づいた。
「・・・大丈夫?しっかりして。」
声をかけながら受付嬢の首元に手を当てる。
脈はない
よろよろとホールの中央まで歩くとギルド長が倒れていた。
頭部から大量の血を流している。
「ギ、ギルド長・・・。」
フラフラと膝をつき首元に手を当てるが脈がない。
「・・・・・」
その時、外から人が叫ぶ声が聞こえた。
だれ・・・?
セシリアはよろよろと歩き、扉に手をかけた。
腹部から大量の血が流れ落ち、歩いた後には大量の血が落ちている。
意識が朦朧とする。
そして扉を押し開けた。
な、なに・・・こ・・・れ・・・。
目に見えるすべての建物は崩れ落ち瓦礫の山と化しており、
その中には燃えていたり、黒い煙を上げている建物。
至る所に倒れた冒険者の姿。
そして、街の門の方向に走っていく魔王国軍の異形の兵士たち。
「ぁ・・・あ・・・ぁぁぁぁ・・・。」
涙が溢れ出てくる。
セシリアは目の前の光景を見て力なく膝から崩れ落ちた。
「・・・・・・・・・・・え!」
・・・・・
「・・・・・・・・・・かえ!」
朦朧とする意識の中で声が聞こえた。
血で赤く霞む目で門の方角を見ると、道の真ん中でひとり叫んでいる冒険者がいる。
その横を魔王国軍の兵士達がその冒険者に目もくれず走り去っていく。
「俺と戦えーーーーーーーーっ!」
横を通り過ぎる兵士を一刀両断するが、兵士達は目もくれず横を走り抜ける。
アル・・・ト・・・?
アルト・・・。
生きて・・・たんだ・・・。
生きて・・・。
「アルトーーーーーーーーっ!!!」
あらん限りの力を込めて叫ぶ。
叫んだ直後、ゲホッゲホッと咳をし大量の血を吐き出す。
視界がぼやける。
座り込んだ床は腹部から流れる血で真っ赤な血だまりができている。
ああ。これはダメだな・・・。
アルトが振り返り、魔王軍兵士たちの間を縫って走ってくる。
そしてセシリアの傍まで来ると膝をついて屈んだ。
「受付嬢さん!
しっかりしてください!」
「ア、アルト・・・、
生きて・・・たのね・・・。
よか・・・った・・・。」
「受付嬢さん!
もうしゃべらないで!」
エレミアは弱々しく首を振る。
「お・・おねがい・・・を・・・きいて・・・くれます・・・か?」
アルトが大きくうなづく。
それを見たセシリアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「わたし・・・からの・・・最初で・・・最後の・・・オーダー・・・です・・・。」
ゴホッと咳をし血を吐き出す。
「魔王を・・・魔王の・・・討伐・・・依頼・・・です。
報酬は・・・払えない・・・ですけど・・・。」
セシリアは軽く微笑んだ。
「受けて・・・くれ・・・ますか?」
アルトが大きくうなづく。
「わかりました。必ず。」
アルトが涙を流しながら答えた。
「よか・・・った。」
セシリアは咳をし血を吐き出しながら、胸ポケットから血に濡れたギルドの規定集を取り出し差し出した。
「あなたを・・・ここまで・・・導けて・・・よかった。
つぎは・・・あなたが・・・だれか・・・を・・・みち・・・びい・・・て・・・。」
アルトが規定集を受け取ると安心したような表情を浮かべ、ぱたりと手が地面に落ちた。
私の視界が、ゆっくりと閉じていく。
アルトが規定集を受け取り、大事そうに胸ポケットへしまうのが見えた。
私の両手を、膝の上に重ねてくれる。
なんて、温かい手。
彼が立ち上がり、私に向けて手を組んで祈ってくれた。
ああ、幸せだ。
私は、この冒険者の最期の背中を見送ることができるのだから。
「行ってきます」
その言葉を最後に、私の意識は闇へと溶けていった。




