3:偽りの平穏
薬草採取から戻ったアルトは、夕暮れのギルドでセシリアのカウンターに立ち、冒険者カードと袋に入った薬草を差し出した。
「依頼、完了しました。・・・確認をお願いします。」
疲れを見せつつも、その瞳には無事に一日を終えた安堵が宿っている。
「・・・お疲れさまでした。確認します。」
セシリアは表情を崩さず、彼から受け取った袋の紐を解き、中身を素早く確認した。
「確かに。おめでとうございます。これで依頼完了となります。」
いつも通りの、無機質な事務的やり取りだ。
カードを返却し、規定の報酬を支払う。
小銭を受け取る彼の手は、以前よりも少しだけごつごつとしてきた気がした。
彼が生きている。今日の管理も、完璧だった。
◇◇◇◇◇
次の日、セシリアのカウンターにやって来たアルトが、ある採取依頼のオーダーを持ってきた。
「これ。おねがいします。」
差し出された紙に書かれていた標的は、シルフィウム。
決してレアな植物ではないが、非常に見つけにくいという話は耳にしたことがある。
採取場所は、薄暗い森の中だ。
セシリアはわずかに眉を寄せつつも、手慣れた動作で受注手続きを終え、カードを渡した。
アルトは深く頭を下げると、足早にギルドを出ていった。
その日の夕方。彼は泥まみれになりながらも依頼を完了し、ギルドに戻って来た。
セシリアは遠目でその無事な姿を確認し、見つからないようにホッと胸をなでおろした。
順調だ。―――今のところは。
現在、リープ36回目。
セシリアは試行錯誤を繰り返し、約半年もの間、アルトを生き残らせることに成功していた。
彼女の的確な裏工作と誘導により、アルト自身も順調に冒険者として成長していた。
半年が経過した今では、簡単な討伐依頼であれば彼一人でクリアできるようになり、
難易度の高い難しいオーダーであっても、臨時に他の冒険者とパーティを組むことで見事にクリアできるようになっていた。
そして、何よりの変化はセシリア自身に起きていた。
不思議なことに、
「何日目に何が起こるか」、
「何日目にこれを前もってやらないといけないか。」
といった未来の事象やタスクが、彼女の頭の中にこと細かく記憶されていたのだ。
まるで一つの複雑なパズルの解法を丸暗記したかのように、その膨大な記憶の糸をなぞって手順を追えば、今のセシリアは確実にこの「半年後」まではたどり着けるようになっていた。 ただ、彼女はここに来て、決定的な壁に行き詰まっていた。
すでに、全く同じ個所でのリープを6回も繰り返しているのだ。
アルトがこのギルドで冒険者になってから半年後、このズォルの街は魔王軍による大規模な侵攻を受けることになる。
王国軍がズォルの街の前面に陣を張り、決死の防衛戦を行うのだが、その際、この街に滞在している冒険者たちにも「ギルドオーダー」が発令される。
これはギルドからの勅命依頼であり、最優先オーダーとして強制的に防衛戦に参加させられることになるのだ。
当然、その時点のギルドに所属しているアルトも他の冒険者に漏れず、防衛戦に強制参加させられる。
そして、その凄惨な戦場において、アルトは魔王軍将軍と対峙し、無惨に戦死する。
ギルドオーダーは、ギルドマスターが直接、国や王国軍などから命令を受けて発するギルドで最高レベルの命令である。
その発令自体を、単なる一介の受付嬢であるセシリアが権限で止めることなど不可能だ。
それでも彼女は足掻いた。
ギルドオーダーの書類を密かに書き換え、戦場におけるアルトの配属場所を安全な後方へ変えてみた。
ギルドオーダーが発令される直前に、アルトに遠方への別なオーダーを強引に受注させ、物理的に街から離れさせることも試した。
さらに、ギルドオーダーを書き換えて他の強力な冒険者たちの配属場所を変え、彼の盾となるように仕向けてもみた。
配置をさらに変え、またさらに変えてみた。
しかし、無駄だった。
アルトがどこに逃げても、どこに隠れていても、まるで狙いすましたかのように彼の前に魔王軍将軍が現れたのだ。
それはまるで、運命という巨大な意思が、意図的にそうなるよう仕向けているとしか思えないほど理不尽な強制力だった。
そして、圧倒的な力を持つ魔王軍将軍と対峙してしまえば、まだ新人に毛の生えた程度のアルトに勝ち目はない。
ズォルの街が魔王軍の侵攻を受けるあの日まで、残り2か月。
このまま有効な打開策が無ければ、2か月後にアルトは確実に死ぬ。
そして、セシリアはまたあの日の朝に戻されるのだ。
「・・・なにか。なにか打開策はないかしら・・・。」
セシリアは事務室の片隅で、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
◇◇◇◇◇
その日の閉館近く。
セシリアは静まり返り始めたギルドで、明日の分のオーダーを整理していた。
その時、4人組の冒険者パーティがギルドに帰ってきて、セシリアの隣のカウンターに座る受付嬢に声をかけた。
「おかえりなさい。清算ですか?」
隣の受付嬢が尋ねる。
「ああ。これが依頼のネックレスだ。」
男はそう言うと、ポケットから土に汚れたネックレスと、しわくちゃになったオーダーの紙を取り出しカウンターに置いた。
受付嬢はネックレスを丁寧に手に取り、オーダーに描かれたイラストの形状と見比べた。
「確かに。
ご苦労様でした。
他に清算する物はありますか?」
「いや。雑魚敵ばっかりだったからな。どうせ清算しても二束三文だ。」
男は肩をすくめ、しかしニヤリと笑った。
「それより、思いがけずダンジョンの最奥でいい物を手に入れた。」
そう言うと、彼は腰に下げていた無骨で大ぶりな剣をドンとカウンターに置いた。
「見た感じ、かなりよい物だと思う。これは俺の個人的な持ち物にする。いいか?」
「構いませんよ。依頼中に手に入れた戦利品をどうするかは自由ですから。」
先輩の受付嬢がそう答えると、冒険者は満足げにニコッと笑い、再びその剣を腰に取り付けた。
「では清算をしますね。」
受付嬢が小型の金庫からチャリンと金貨を取り出し、カウンターに並べていく。
「はい。こちらです。お受け取りください。」
「おぅ。ねーちゃんありがとうな。
よし、軍資金も手に入ったし飲み行こうぜ!」
清算を終え、上機嫌な冒険者たちが騒がしくギルドを出ていく。
そのやり取りを横目で見ていたセシリアは、明日の分のオーダーの整理を終えると、トントンとオーダーの束をそろえ、後ろの棚に置いた。
「今の冒険者さんだけど。オーダーちょっと見せてもらってもいい?」
「? はい。これ」
隣の受付嬢から差し出されたオーダーを、セシリアは鋭い視線で読んだ。
<小鬼の洞窟で行方不明になった冒険者からのネックレス回収>
「ありがと。」
それを返し、セシリアは自分の席に戻る。
心の中で、一つの歯車が噛み合った音がした。
・・・そうか。装備・・・ね。
その手があったわね。
防壁の配置や立ち回りで補えない絶対的な戦力差があるなら、彼自身の「個」の力を底上げすればいい。
セシリアは明日の分のオーダー処理をすべて終わらせると、立ち上がり、奥の事務所に併設してある書庫へ向かった。
カビと紙の匂いが漂う薄暗いそこには、過去の膨大なオーダーがファイリングされて保管されていた。
彼女が調べるのは、4カ月前の分からだ。つまり、アルトがこのギルドで冒険者登録をしてから、これまでの期間。
分厚いファイルを開く。
ファイリングされているオーダーの紙には、受注日、誰が受注したか、成功か不成功か、手に入れた戦利品一覧、そして支払い金額が細かく書かれている。
ちなみに、ギルドで買い取った戦利品のうち、武具などの有用なものはそのまま王国軍に引き渡される決まりになっている。
そのため、ギルドの倉庫を探しても現物が残っているわけではない。
だからこそ、セシリアに必要な情報はこの書類の中の『戦利品一覧』の項目だった。
もし、アルトの生存確率を引き上げられそうな、彼に使えそうな強力な戦利品が得られる依頼を見つけ出すことができれば、
次回のリープで何とかしてアルトにその依頼を受注させ、そのアイテムをギルドに提出させず自分で使うように誘導すればいいのだ。
しかし、現実は甘くなかった。
「なかなか無いわね・・・。」
埃を被ったページをめくれどもめくれども、よさそうなマジックアイテムの記載があっても、魔術師用であったり、女性用であったり、あるいは激しい戦闘で壊れていたりするものばかりだった。
すでにギルドは閉館時間を過ぎており、他の受付嬢たちは帰り支度を始めていた。
「めずらしいわね。残業?」
バッグを持った同僚の受付嬢が、書庫にこもるセシリアに声をかけてきた。
「ええ。ちょっと気になることがあるから。調べもの。」
「そっか。あんまり無理しないように。じゃあ先に帰るわね。」
同僚の受付嬢がパタンと事務室を出ていく。
静まり返った空間の中、セシリアは机に山積みになったファイルを、目を血走らせながら1枚ずつ調べていった。
◇◇◇◇◇
「くぅぅぅぅぅ・・・。」
完全に誰もいなくなった深夜のギルドの事務室で、セシリアは凝り固まった肩を鳴らしながら大きく伸びをした。
成果はあった。膨大な書類の海から、彼女が見つけ出したのは2つの有用なオーダーだった。
一つは、装備者の敏捷度が上がるブーツが手に入る依頼。
もう一つは、装備者の力が上がる小手が手に入る依頼だ。
どちらも接近戦を主体とするアルトにとって、将軍の攻撃を避け、あるいは一矢報いるために有用そうな品だった。
だが、深刻な問題が立ちはだかっていた。
その依頼が発生する時期と、難易度だ。
ブーツが得られるオーダーの発生時期は、アルトが冒険者になってわずか1カ月後のタイミングだ。
標的はゴブリン討伐。
ゴブリンは最下級モンスターの部類に入るとはいえ、登録して1カ月というその時点のアルトの実力では、非常に厳しい戦いになるかもしれない。
小手のオーダーが発生するのは、そのさらに2カ月後。新しく見つかった洞窟の地図作成というオーダーだ。
こちらは戦闘を避ければ、なんとか彼でもどうにかなるかもしれない。
だが、どちらにせよ最大の障壁は「時期」だ。
今は彼が登録してから半年後。あのブーツを手に入れるためには、時間を巻き戻す必要がある。
もう一度リープか・・・。
セシリアの心臓が重く警鐘を鳴らした。
時間を巻き戻す方法はたった一つ。彼が死ぬことだ。
つまり、意図的にリープを発生させるということは、今生きてこの街にいるアルトを、何らかの方法で見殺しにするということだ。
これは自分の未来のため。
そう・・・自分の未来ためだ。
ただの業務の一環。事務的に処理をするだけだ。
心の中でそう強く思っていても、自分を納得させようとしても、決して気分のいいものではない。
腹の底に冷たい泥が溜まっていくような嫌悪感が彼女を襲う。
セシリアは、ギリッと強く歯を食いしばった。 そして1週間後。
私は、冷徹なる管理者として、魔物を彼へ誘導し―――そして意図的なリープを発生させた。




