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君の命は私が守る。-タイムリープに巻き込まれた受付嬢の記録-  作者: 矢口 みつぐ


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2/12

1:死の回帰

1:


魔王領の境界、損耗街ズォル。

この街には、常に鉄錆と焦げた硫黄の匂いが満ちている。

魔王軍がまき散らす瘴気は、街の石造りの建物さえも緩やかに侵食し、冒険者たちが背負う武具を、そして彼らの命を、まるで使い捨ての消耗品のように摩耗させていく。


ギルドのカウンターには、今日も死の匂いを纏った冒険者たちが列をなしている。

彼らの鎧には返り血が乾き、その瞳からは生きるための情熱よりも、明日をも知れぬ虚無が透けて見えた。


私の名前はセシリア。この殺伐としたギルドの受付嬢になって、三年が経つ。

この仕事は、命のやり取りをする冒険者たちを送り出すことだ。

彼らは常に死と隣り合わせにいる。昨日まで笑顔で依頼オーダーを受けていた者が、次の日には二度とギルドの扉をくぐらない―――そんな光景は、この街では日常茶飯事だった。

だからこそ、私は仕事以外の付き合いを一切持たない。詮索もしない。親しくなれば、それだけ彼らが死んだ時の悲しみが増えるからだ。そう自分に言い聞かせ、私は今日も淡々と、事務的に窓口へ座る。


「―――次の方。」


私は努めて機械的に、目の前の男の依頼書を突き返す。

不備だらけの書類。死ぬための準備を整えているようなものだ。

「報告書は正確に。このままでは魔王領に辿り着く前に餓死しますよ」

男は忌々しげに舌打ちをして、私の手から書類を奪い取った。

・・・構わない。どうせ明日には、誰かがまた同じ依頼書を持ってくるのだから。


「すみません。冒険者登録をしたいんですけど。」


ふと視線を上げると、そこにはあどけなさを残した青年が立っていた。

魔王領に近いこの街は、難易度の高い依頼ばかりだ。

新人はもっと内陸の街で経験を積むのが鉄則。

それが生存率を上げる唯一の道だと、誰もが知っている。それなのに、なぜ。


「では、カードを作成します。こちらに記入を。」

手慣れた動作で登録用紙を差し出す。青年はペンを走らせる。


アルト・フェリクス。十六歳。


石板に魔力を通し、カードに彼の名前を刻む。

血を滴らせたカードを返すと、私は規定通りのルール説明を始めた。

その間も、無意識に教本に挟んだ古びたしおりを指でなぞる。

彼が去ると同時に、嵐のような依頼受付の時間が始まった。

私は事務処理という名の「日常」に没頭することで、彼の存在を頭から追い出した。


◇◇◇◇◇


翌朝。掲示板に向かう冒険者たちの喧騒を横目に、私は気合を入れるべく頬を叩いた。

「さて、今日も頑張りましょう」


その時だった。

視界の端に、昨日見た青年が立っていた。

「すみません。冒険者登録をしたいんですけど。」


心臓が不快な音を立てて跳ねた。

「え・・・? あの、あなた、昨日も・・・。」

「? いえ、ここには今日が初めてですけど。」


アルトは不思議そうな顔をしている。

人違いだろうか。しかし、胸の奥で小さな違和感がざわめく。

「・・・失礼しました。では、こちらに記入を。」


アルト・フェリクス。十六歳。

まただ。

この名前、この筆跡、この顔。

強烈な既視感が脳内を支配する。

私は疲れているのだろうか。

事務的な仮面の裏で、少しだけ呼吸が乱れるのを感じた。


◇◇◇◇◇


さらに翌日。


「すみません。冒険者登録をしたいんですけど。」


その言葉を聞いた瞬間、私は息を呑んだ。

目の前に立つのは、間違いなく『アルト』だった。

昨日と同じ場所に立ち、昨日と同じ光の角度で、昨日と同じ言葉を口にしている。


「・・・ッ!」


激しく脈動する心臓を抑え込み、登録用紙を差し出す。

あまりのことに言葉を失う私をよそに、彼は淡々と登録を済ませていく。


何かおかしい。

既視感などという生ぬるい言葉では足りない。

私は、彼を知っている。

筆跡、伏せられた瞳、わずかに震える指先まで。

彼がこのカウンターで何を言うか、すべて知っている。


◇◇◇◇◇


「セシリア、顔色が悪いわよ。大丈夫?」

人の途切れた隙に、隣の受付嬢が心配そうに覗き込んでくる。

「・・・少し、疲れが溜まっているのかも。少し外の空気を吸ってくるわ」


私は足早にギルド裏の小さな庭へと向かった。ベンチに腰を下ろし、深く息を吐き出す。

私、どうしてしまったんだろう。頭が割れるように痛い。

その時、腰のポケットに妙な違和感を覚えた。

手を入れると、小さなメモ帳が指に触れた。

記憶にない。私はゆっくりと表紙を開いた。


『1 アルト 死亡 野草採取中にオオカミに襲われる』

『2 アルト 死亡 野草採取中にオオカミに襲われる』


心臓が止まるかと思った。

冷たい汗が背筋を伝う。

これは、一体・・・?

私はメモ帳を握りしめ、震える指でその文字をなぞった。

インクの匂いが、妙に生々しい。


◇◇◇◇◇


翌朝、目が覚めた。

窓から差し込む朝日。鐘の音。昨日と寸分違わぬ朝。

私は機械的に制服に袖を通す。

腰のポケットには、またしてもメモ帳が入っていた。

ページを開く必要すらない。

そこに何が書かれているのか、すでに理解できていた。


『3 アルト 死亡 野草採取中にオオカミに襲われる』


やはり昨日から増えている。

アルトが死ぬたびに、時間が戻る? そして死因が刻まれる?

―――何もしなければ、彼は死ぬ運命にあるということ?


なら、私にできることは一つ。運命という名のバグを、事務処理のように「修正」することだ。


・・・・・


「すみません。冒険者登録したいんですけど。」


カウンターに現れたアルトを見て、私は即座にスイッチを切り替える。

運命など知らない。ただ、目の前の『エラー』を修正するだけだ。

私はいつものように冒険者登録をし、決まりになっているルールについて説明する。

そして、これまでとは違う、明確な意図を持って言葉を紡いだ。


「アルトさん。確認です。あなた、モンスターと戦った経験は?」

「え? ウサギを少し追いかけたくらいなら・・・」

「なら、いきなり依頼を受けるのはお勧めしません。

 まずは地下の訓練場で知識と技術を習得してください」


彼は目を丸くして驚いている。私は畳みかけるように続けた。

「ここの依頼は難易度が高い。まずは生き残る術を身につけてからにしなさい。

 心配しなくても地下の訓練場なら無料です。

 下にいる職員、あるいはベテランの冒険者に指導を請いなさい。」

「わかりました。やってみます!」


アルトは迷うことなく頭を下げ、カードを受け取ると地下へ続く階段を下りて行った。

ふう、と息を吐く。

これで死ななければいいけれど。

階段を下りていく彼を見送る。

その背中はあまりに頼りなく、この街の過酷さには到底釣り合わない。


さて。今日も仕事、仕事。

私は冷徹な仮面を被り直し、長蛇の列の先頭にいる冒険者を呼び出した。

このリープが何なのか、彼がなぜ死ぬのか、そんなことはどうでもいい。

ただ、彼を死なないようにすればリープは起こらない。リープも終わるかもしれない。それだけの話だ。


静かなカウンターの上に開いて置いてある教本のページに挟まった「しおり」が、ふわりと風に揺れた。

私は無意識にそれを爪先で弾き、位置を整える。

彼女にとってしおりは、ただの事務道具。

何回繰り返しても、いつの間にかページの間で眠っているだけの、退屈な紙片。



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