タイトル未定2026/06/03 18:40
翌日、昼間マスターが勤務をする病院は、今日も患者達が足を運んでいた。
亜美はマスターの診察室を出て、待合室に向かって患者の名前を呼んだ。
「田中さーん」
患者の名前を呼んだ亜美の声に、マスターは顔を上げた。
……田中さん?
亜美がマスターの診察室に、患者を連れてきた。
ぼんやりしていたマスターに、亜美は声をかけた。
「先生、お連れしました」
マスターは我に返りいつものように、患者に優しい眼差しを向けた。
「……どうされましたか?」
マスターは昼間の医師の顔に、戻っていた。
昼間の業務が終わり、マスターはパソコンのキーを叩いていた。
診察室の奥の窓際で、亜美と由美は午前中使った器具の洗浄をしていた。
由美が亜美に、愚痴をこぼす。
「昨日、保険の電話が来てさぁ」
「例の田中さん?」
「そうそう、保険の田中さん」
「田中さんが、どうしたの?」
「新しいプランがあるって、もうしつこいの!」
嫌でも、亜美と由美の会話が聞こえてくる。
パソコンのキーを叩いていた、マスターの指が止まった。
……電話……田中……。
午前中の勤務中、「田中」と言う名前がずっと引っかかりもやもやしていたが、亜美と由美の会話でやっと思い出していた。
マスターが流花と初めて、二人きりで一日を過ごした夜。
流花のバックから、携帯が落ちた。
その時、携帯の着信音が鳴った。
携帯の画面には、「田中君」の三文字が浮かんでいた。
当の流花は、ソファーで眠っていた。
……田中君。
マスターは、思い出していた。
ショッピングモールで、流花が大学の友人達と楽しそうに歩いていたところを、偶然見かけたことを。
流花の隣には、男性がいた。
マスターは、今でもハッキリ覚えている。
流花の隣にいた男性は、背が高く短髪黒髪で、ナイフのような鋭い目つきをしていた。
……その彼こそが、流花の携帯にかけてきた田中君なのか。
顔を上げ振り返った亜美が、驚いた声を上げた。
「あれっ、いつの間にか、先生がいなくなっている」
大門が通う小学校では夏休みが終わり、既に数週間が経っていた。
休み時間、青空を見上げながら、大門が夏休みに游太の両親に連れて行ってもらった遊園地の思い出に、大門と游太は浸っていた。
絶叫系の乗り物より、二人が強く印象に残ったのは、お化け屋敷だった。
怖いお化け屋敷で有名で、リタイアをする客の為に、非常口が設置されているほどのお化け屋敷だった。
お化け屋敷の中に入ったのは、大門と游太と游太の父親の三人だった。
帰り道、高速道路で多重事故が発生し、帰るに帰れなくなり、思いがけず游太家族と泊まることになった。
ホテルでは游太が、お化け屋敷に入らなかった母親を笑っていた。
「お母さんも、入れば良かったのに」
「嫌よ。入るわけないじゃない」
「悲鳴を上げるお母さん、見たかったなぁ」
母親を小バカにする游太に、父親が言った。
「よく言うよ。游太は、大門君にずっとくっついて、離れなかったじゃないか」
笑い合う中、本当は大門だって怖かった。
游太がずっとしがみついて離れなかったから、自分がしっかりしなきゃ!と、怖がることができなかった。
目の前で、笑い合う游太親子を大門は見ていた。
……お父さんとお母さん……か。
少し寂しさを感じた大門だったが、ここ数年会っていなかった流花を思い出した。
……僕には、流花お姉ちゃんがいる!
七海と流花お姉ちゃんと三人でお化け屋敷に入ったら、僕は七海を置いて、流花お姉ちゃんと二人でどんどん歩いて行くのかな?
それとも、七海は怖がってお化け屋敷に入らないかも!
流花お姉ちゃんに、会いたいな。
七海と流花お姉ちゃんと、遊園地に行きたいな。




