5・出来る事
森の中にあるクルス村。
朝になると上窓から明かりが入り、部屋に光の筋を落とす。
ベッドから起きあがって木窓を開ければ眩しい程の光が広がって、あの暗い洞窟から完全に開放されたのだと実感できる。
土の民の元にやってきてからのナグラック族の巫女ラーダは、毎朝こうして窓を開け、太陽の光を体いっぱいに浴びては感動していた。
「おはようございます、ラーダ様」
「おはよう、エニ」
自分が朝起きたのがすぐ分かるようにと、エニはこの窓を開けてすぐの場所で朝の鍛錬をしている。
「では、朝食の準備をしますね」
そういって彼女は剣を腰に差そうとしたから、ラーダは慌ててそれを止めた。
「あの、今日は少し早いでしょ。なのでもう少し鍛錬していてくれていて構わないのですが……その……貴女が剣を振っている姿を見たいので」
エニはにこりと笑ってくれる。
「分かりました。ではもう少し」
女でも戦士であるエニは、ラーダの周りにはいなかったタイプである。ちゃんと自分の意思があって、堂々としていて、強い。その彼女が真剣な顔で一生懸命に剣を振っている姿を見るのがラーダは楽しかった。
ただじっと見ていたら思った以上に時間が経ってしまったらしく、村のどこかで鐘が鳴って、エニが慌てて剣を止めた。
「やだ、もうそんな時間。すみませんエニ様っ、すぐ食事をお持ちしますね」
「謝る必要なんてないです、私が止めずに見ていたからですし」
「いえ、でもすぐお持ちしますっ。その、私もお腹がすきましたから」
そういってウインクをしてきたエニに、ラーダはくすくすと笑ってしまった。
エニが食事をとりにそこからいなくなると、ラーダもちょっと気合を入れて朝の支度を始める。顔を洗って、着替えをして……来た当初はエニが着替えを手伝うと言ってくれたが、忙しそうな彼女に悪いからそれは辞退していた。
ここに来て、エニからいろいろ話を聞いて、ラーダは一つ決めていた事があった。巫女としてただ祈るだけではなく、自分もここの民のために役に立ちたい。それを言ったらエニは巫女の仕事は祈る事ですから充分役立っていると言ってくれたが、それではだめだとラーダは思っていた。というのも洞の民の元にいた時の巫女の立場といえば儀式のためのお飾り人形のようなもので、ナグラックの民の一員としては扱ってもらえなかった。だからここではちゃんとナグラック族の仲間の一人として扱ってもらいたいと思ったのだ。あとはここでの待遇があまりにも良くて、巫女の仕事だけでは申し訳なかったというのもある。
「ラーダ様、お待たせしました」
エニがくるまでにどうにか着替えは間に合って、ラーダはドアを開けてエニを中に入れた。
「さ、早く食べましょう。お腹すいたわー」
エニはこうして完全に二人きりになると丁寧な話し方をやめる。洞の時はそこまで砕けていなかったが今では完全に友達口調だ、それがラーダも嬉しかった。
「わぁ、今日も美味しそう」
「明るいからそう見えるだけじゃない?」
「いえ、どれも全部新鮮で瑞々しくてとても美味しいです」
洞の民の食事は保存食が多かったから、生のままの果物が普通に出てくるだけでもラーダにはご馳走だった。それに火がいつでも使えるのもあって、焼いてからまだ間もない肉や、豆の粉で作ったパンなど、どれも香ばしい匂いが食欲をそそって食べる前から幸せになれた。
「エニ、これは何?」
「これはアカ栗。木から落ちた時の実はトゲトゲで素手で持てないのよ」
「そんなものが食べられるの?」
「トゲのついた皮を剥いて中のものを食べるの」
「これがその中身なのね……美味しいわ!」
「良かった」
最初のうちは初めてだらけで、何でも質問していたからなかなか食べられなかったくらいだ。とにかく洞の民との生活からすれば何もかもが違ってラーダは楽しくて仕方がなかった。
勿論、こんなに食事が楽しいのは、エニが傍にいてくれるからというのも大きい。
「やはり、誰かと話しながら食べる食事というのは楽しいわね」
「そうですね」
と返事をしてから、そこで僅かにエニが寂しそうな顔をしたのをラーダは見逃さなかった。
「どうかしたのですか?」
「あぁいえ……その、私が初めて人と食べる食事を美味しいと思ったのは、兄さまと森に出かけるようになってからだったなと、それを思い出しただけ」
兄であるゼラと森へ行くようになった話は聞いていたが、ただそうなると思わず聞いてしまう事がある。
「それまでは一人で食べていたのですか?」
「ううん、父さまや他の兄弟達と……父さまは怖かったから、皆無言で出来るだけ早く食べるようにしてたかな」
「そうなのですか……」
何て的違いな事を言ってしまったのか――ちょっと恥ずかしくなりながらも、そもそもエニはゼラに父から庇ってもらったのをきっかけに森へ一緒に行くことになったのだと思い出す。なら確かに、それまでは恐ろしい父にびくびくしながら食べていたのだろう。
「あ、兄さまはおしゃべりじゃないから、ラーダ様とのような楽しい話をしながら食べたりはなかったわよ。でも、森の事や鍛え方とかいろいろな事を聞いて教えて貰いながら食べて、それがとても楽しかったの」
エニは兄ゼラの事を話す時は本当に嬉しそうだ。余程兄の事が好きなのだろう。
「今は、兄さまと食事はしないのですか?」
「今は……宴会とか会議の時とかは一緒に食べる事があるけど、二人だけで食べる事はないかな」
「それは寂しいですね」
「でも兄さまは忙しいから。兄さまが頭領になる前はね、朝の鍛錬も一緒にしていたしそのまま朝食も一緒に食べてたの。でも今は、兄さまは本当に忙しくて時間が取れなくなってて……」
ちなみにラーダはゼラと会ったのは最初のあの一度だけだ。何かあればエニに言ってくれと言われて不満を感じた事もなかったから気にしなかったが。
「そんなにお忙しいのですか?」
きけば、エニは本当に困ったように笑みを歪めて、ため息さえ吐いてから言ってくる。
「うん、ほら、ウチの人間って考えるよりも力で解決しろっていうのばっかじゃない? 頭使って管理とかできる人間が少なくて……というか読み書きできる人間自体も少ないから、兄さまの負担が凄いのよ」
「あぁ……」
あまり部族の一般人とは関わってこなかったラーダでも、ナグラック族の空気というか、特性的なものは大体わかる。エニから言われた事は納得しかない。
「私もね、兄さまに教わってある程度は読み書きできるから、記録の仕事を頼まれる事はあるの。すごくたまーにだけど兄さまの仕事を手伝う時もあって、その時は一緒に食事をとる事もあるのよ、二人だけじゃないけどね」
だから読み書きを教えて貰っていて良かったと、そう笑う彼女は本当に嬉しそうだった。
けれど話を聞いてしまえば、貴重な読み書きできる人間を自分につけてもらっている事にラーダは申し訳なくなる。自分につけていなければ、エニはもっと大好きな兄の手伝いが出来るのにと思ってしまう。
けれどまた、そこでラーダは気が付いた。
「ねぇ、エニ。お忙しいのは分かっているのですが、一度エニの兄さまに会って話したい事があるのです。お会い出来るように頼んでもらってもいいでしょうか?」
ここで自分が出来る事、それが見つかったかもしれない。
次回はゼラとラーダの会話。




