6・申し出
気が進まない事務処理に追われて、ゼラは疲れていた。
人が増えればまず必要な食糧が増える。住む場所を割り当ててやって、仕事を割り当てて、その仕事のための道具を渡す。当然その道具を作る人間も必要だし、作れないようならどこかから調達してこなくてはならない。衣服なども同様、作れる人間に仕事を割り当て、必要な材料を調達する。建物が足りなくなれば新たに建てなくてはならず、指示できる人間を連れてこなくてはならない。
配下の人間が増えていけばいい加減な管理のままでは破綻する。きっちりどこにどれくらい何が必要か、どこに何がどれだけあるか、記録してそれを見て指示を出さなくてはならない。本来ならそんな細かい部分は部下に投げたいところだが、その手の仕事が出来る部下たちは現場で記録するまでで手一杯で、全体管理を出来る人間などいない。
幸い、キシェナ方面はそっちの人材がそれなりにいるらしく、向こうからの報告はかなり正確で安心できる。ウロドには向うである程度使える人間を確保したら他に派遣するよう言ってあるから、もう少しすれば多少はマシになる筈ではあった。
一気に人が増えたせいで管理体制の確立にいっぱいいっぱいになり、今のところ次の侵攻は一旦停止せざる得ない状態だった。ただこれが長引けば戦士達に不満が溜まって、いらないトラブルを引き起こすところまで予想出来る。仕方ないからネイズにその手の連中を率いらせてどこか行かせるか、とそんな事までゼラは考えなくてはならなかった。
勿論、強さこそが上に立つ証明というのがナグラック族の掟であるから、ゼラ自身も管理仕事ばかりをして体を鈍らせるわけにもいかない。決まった時間は取れないから、合間合間の気分転換に鍛錬をするか、ネイズあたりと一勝負するくらいしかない。
そんな状態で巫女ラーダから話があると言われて彼女のところへ行ったゼラだったが、彼女の『話』というのがその後のゼラの仕事配分を大きく変える事になった。
「あの、私にゼラ様のお手伝いをさせてくださいっ」
「……何故です?」
いきなりそう言ってきた彼女にゼラは問い返したが、彼女はこちらの声も聞こえていないらしく、顔も見ずに目をつぶって即、すごい勢いで言葉を続けた。
「読み書きできる人間が足りなくてゼラ様がいつもお忙しいとお聞きしましたっ。私っ、読み書き出来ますし計算もできますっ。それに暗記も得意です、母様から昔は巫女が部族全体の管理と記録を仕切っていたと言われて教わりました。ですから私っ、ゼラ様のお手伝いが出来ると思うのですっ」
すごい勢いでそれだけ言い切ると、やはり目をつぶったまま彼女は俯いて……おそらく今は、こちらの返事を待っているのだろう。どうしたものかと思ったら、彼女の後ろにいるエニまでもが慌てた様子で巫女とこちらの顔を交互に見て、それから困ったように目で訴えてきた。
ゼラの口元が思わず歪んで、フッと軽く息を漏らす。
どう見てもエニも巫女もテンパっている。
「巫女様、申し出はありがたいですが、貴女には巫女としての役目がある。他の仕事なぞする必要はありません」
ゼラの考え方としてはこうだ――巫女というのは一般民から崇められる存在である。そのため人間味を感じさせない、神秘的なイメージでいて貰うのが好ましい。ゼラの仕事を手伝ってもらうとなれば、他の民と顔を合わせる機会も増えるし、仕事をする事でイメージ的に人間味が出てしまう、だから断ったの、だが。
「いえっその、私は巫女として飾られるだけの存在ではなく、ちゃんとナグラック族の一員として皆に受け入れてもらいたいのですっ」
今度は泣きそうな声でそう訴えてまた下を向いた巫女に対して、後ろのエニが身振り手振りで何かを伝えようとしていた。エニは相当巫女と仲がいいと聞いている、だからおそらくこの申し出に関しても相談を受けているのだろう。
「エニ、お前から言いたい事があるならいってくれ」
言ってみれば、黙ったまま身振りだけで必死になっていた妹は、今度はちゃんと声を出した。
「あの兄さまっ、ラーダ様はずっと皆から一歩引かれた存在として過ごしていたから寂しかったそうなんです。だからここではもっと皆と仲良くなって皆の一員って感じになりたいそうなのっ」
ゼラは考えた。
ゼラは罰でもない限り、例え部下であったとしても嫌がる事を強要はしない主義だ。
「分かりました。それなら手伝ってもらえると正直助かります」
すぐに巫女が顔を上げて嬉しそうに笑みを浮かべる、そして。
「ありがとうございますっ」
そう言ってきたのには流石に呆れて、ゼラはまた軽く笑ってしまった。
「いや、例を言うのはこちらの方です。エニから聞いていると思いますが、こちらは常に人手不足です。正直を言うと事務仕事が出来る人間は喉から手が出るほど欲しい」
「は、はいっ、がんばりますっ、やれる事ならなんでもやりますっ」
言葉の勢い的にはまだテンパってはいそうではある。この性格では神秘性を持っていてもらおうとしてもいずれ無理がくるかとも思って、またゼラの口元に苦笑が上る。
「では、問題がなければ試しに少し見てもらってもいいでしょうか?」
「はいっ、ぜひっ、すぐにでもっ」
乗り気すぎる彼女の勢いにまた笑みが湧く。
だが実際、ゼラとしては彼女に期待していた。巫女という立場上、確かに読み書きができるだろうし伝承を引き継いでいたりもするから記憶力もいい筈だ。
それでもまだ彼女の実際の能力が分からないから、まずはざっと手元の書類に目を通してもらう事にしたのだが――結果として、ゼラは事務管理仕事において強力な戦力を得る事になった。
そんな訳でゼラはどうにか事務方面で心強い味方を手に入れた模様。
次回はまたアルス側の話。




