41・決着の後3
「ごめんなさい、こうしているだけで嬉しくてたまらなくて」
体は水に浸かったまま、顔だけ出してラーダが言えば、エニも嬉しそうに笑う。
「分かっています。でもあまりはしゃぎすぎると疲れてしまいますよ」
「それは……そうね」
「兄さまに会う前に疲れているのは……あまり勧めません」
「そうね」
正直、エニの兄、ゼラという人間に関してはラーダにとっては不安しか感じられない。おそらくは新しいナグラックの族長となって自分の主となる人間。だが少なくともエニがいてくれるなら、今までの生活よりもよくなると信じていい筈だった。
水から上がれば着替えとして清潔な服を渡されて、エニに着させてもらった。傍でこちらを守っている女性の戦士達も皆いい人ばかりで、ラーダの事をとても大事に扱ってくれる。新鮮な何かの実をもらって、エニと一緒に食べて、笑い合って。あまりにも夢みたいな事ばかりで、嬉しすぎて泣きそうなったくらいだ。
そんな中で、決定的な報告が入った。
「エニ様、洞の民のグストが死にました。我らの勝利です」
周りが歓喜の声を上げる中、ラーダはそれを聞いてまず呆然としてしまった。
そうしたら体からさぁっと何かが抜けていく感覚がして、気づいたら目から涙が出てきて、そこでやっと頭の理解が追い付いた。
「ラーダ様? どうされたのです? ラーダ様」
涙が止まらなくて、でも唇が震えて言葉が出なくて、ラーダはエニに抱き着いた。エニは何も言わずに抱きしめ返してくれた。その温かさと感触でやっと声が出て、ラーダは声を上げて泣いた。エニの腕の中で、まるで子供の頃母に縋りついた時のようにに泣いた。本当に自分はあの男から解放されたのだと、それが確定したのが嬉しくて泣いた。
そうしてその後、落ち着くのを待ってもらってからラーダ達は本隊の元へ行く事になった。
体格の良い女戦士に抱き上げられて山を下りていけば、見覚えのある洞窟前の広場が見えてきて、洞の民達が集められ、腕を縛られて座らされているのが見えた。その傍で見張っている、見た事がない戦士達がおそらく土の民の者達なのだろう。
――誰が、エニの兄さまなのかしら。
グストのように、一目で頭領と分かるような派手な羽根飾りなどをつけている人間はいなくて、ラーダは考える。だが、向こうから近づいてくる人物がいるのに気づいて、周りの者が皆そこで跪きだしたから……彼がおそらくエニの兄、土の民の頭領であるゼラなのだろうとラーダは思った。
「エニ、巫女様の救出、よくやってくれた」
わざわざ軽くしゃがみ込んで、エニの肩を男が叩く。エニが嬉しそうに顔を上げる。
「はい、兄さま」
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですっ」
「そうか」
エニが『怖いかも』と言っていた通り、不愛想で確かに近寄りがたい雰囲気をまとっていたその男は、エニとのそのやりとりのあと僅かに表情をやわらげて笑みを浮かべた。それだけでラーダは、この男は本当にエニを心配していたのだと分かった。
――すくなくとも、グストのような自分だけが良ければいいという人間ではない。
ゼラはエニの肩をもう一度軽くたたくと立ち上がる。それからこちらに向けて真っすぐ歩いてくる。
エニの兄だから若いだろうと思ってはいたが、思った以上に若い。ナグラックの人間らしい赤い髪に暗い赤の鋭い瞳。確かに第一印象は怖そう、なのかもしれない。だが威圧感があるその鋭い瞳は濁りなどなく透き通って見えて、しかも知性がうかがえる。エニが『兄さまは頭がいい』と言っていたのも本当なのだろう。
その彼が、ラーダの前にくると跪いた。
「巫女様、救い出すためとはいえ大変な目に合わせてしまい申し訳ありません。暫くの間はエニを貴女の傍に置きますので、要望があれば彼女を通して何でも言って下さい。貴女が快適に過ごせるよう出来る限りの事をすると約束します」
その時の彼が、心の底から巫女であるラーダを敬っていたかといえばそうではないのかもしれない。けれどグストのように内心こちらを下に見た形式だけのものとは違う。少なくともこの男が約束すると言った事は信じていい、信用に値する人間だとラーダは直観的に思った。
ってことでラーダとゼラの出会いシーンでした。
この章はあと1話というか0.5話というか、短い1シーンがあって終わりです。




