37・大事な話1
谷底の川沿いを歩くのは、この暖かい時期だと日陰が多くて悪くない。おまけに川が風を運んでくるからいい感じに汗を冷やしてくれる。逆に寒い時期だったら酷い事になってたろうなとは思うが、そもそも襲撃者達も冬場は大人しくしているから寒い時期にこういう事態になる可能性は低い。
ふぅ、と一息ついてアルスは空を見上げた。
下から見ると、高い壁に阻まれて空はかなり遠く見える。ただしそれは前よりも少しづつ近くなっていた。
「ここで少し休憩しようか。ってことで停止ー」
先頭のアルスが声を上げれば、列の途中にいる戦士未満連中が声を上げて最後尾まで伝えていく。やっと少し広い場所にきたから、ここで昼食を兼ねて休憩しておこうと思ったのだ
谷の下に流れる川沿いを上流に向かってアルス達は進んでいた。最初の場所から離れてもう十日、ひたすら川沿いを歩いてきた。
アルスが腰を下ろすと、シオールも横で一応腰を下ろす。一応、とつくのは、彼の場合完全に座り込んだのではなく片膝を立てているからだ。
「もうだいぶ上流まできましたね」
「そうだね、川がかなり狭くなってきたし、空も近くなってきた」
とはいえ、上流にいけば行くほど川沿いの歩ける場所は狭くなってきて、場所によっては岩に登ったり、支流との合流地点では川を渡ったりしなくてはならないところもあった。足場も悪くなってきて、大きな岩の上を伝って進む事もあった。
だからもしかしたら時間が掛かった割には前のところからあまり離れていない……なんて事もあるんじゃないかとちょっと不安だったりしたのだが。
「上の森を歩いてこの辺りまで来る方が川沿いを歩くよりもっと大変だぞ」
上を見ていたせいなのか、また見透かされたようにそう言われてアルスはひきつった笑みを浮かべてシェノンの顔を見る。
「この上がどうなってるか知っているんですか?」
「あぁ、知っている。行った事があるからな」
「どうなっていたんです?」
「見たところではひたすら森が続いているようにみえるが、実際の地面はかなり起伏があってあちこちに大岩だとか大地の切れ目みたいな深い穴がある。当然、獰猛な動物や毒虫などもいる。上を行っていたら移動だけで確実に人数は半数以下になっていたろうな」
それをさらっといわれたものの、まずどうやって彼女がそこへ行って無事でいられたのかが疑問すぎる。とはいえ聞いても重要な部分は言わないだろうから、直接聞こうとは思わないが。
「あー……でもだから、あんまり東の方の話ってきかないのかー」
クリス村から東方面はずっと森が広がっていて、どこまで続いているかもわからない。とはいえ一応、そちら方面にも村はあるし、生活している者がいるのも聞いてはいる。それでも聞いた事があるのは森の先には大きな岩山があるだとか滝があるだとかその辺りの話までで、それより先の話なんて聞いた事はなかった。
「我々と交流のある範囲の人間は、フェーナの滝より東には行った事がありませんからね」
「え?」
アルスは驚いてシオールを見る。
「俺のいた村は東の方でしたから滝まではよく行きました」
「そうなんだ」
「はい、滝がある川は川幅がありましたし、向こう岸はかなりヤバイ魔獣がいると言われていて誰も行こうとはしませんでした」
彼が奴隷として売られたという事は彼の元の部族は潰された可能性が高いという事で――そう思っていたから、アルスは彼の出身について詳しく聞いたりした事がなかった。けど、彼の方から話を出してくれたのなら聞いてもいいのかもしれない。なにせアルスは自分が知らない、行った事がない場所の事なら出来るだけ知りたいのだ。
「その滝より東にはもう来ている。途中合流地点があっただろ」
「ありましたね」
「あの時渡った川がフェーナの滝から続いている」
「え?」
最後の「え?」はシオールで、アルスは彼の顔を見た。
「いえ……あんな小さい川なのかと」
そういえばフェーナの滝のある川は川幅がある、と今さっきシオールが言っていた。
「あの滝は幅があるだけで水の流れはたいしたことないだろ」
「そう、かもしれませんね」
別に疑っていた訳ではないが、本当に彼女はその滝まで行った事がありそうだ。一体どんな手段を使って女一人でそんな旅が出来たのだと思うが、今は聞かないでおく。アルスとしては、こうして彼女が自らこちらに同行している段階でいつかは話す気があるんじゃないかと思っているからだ。
と、そんな事を考えてシェノンを見ていたら、なんだか嫌な気配を感じてアルスは振り向いた、ら……。
「アールースっ、婆様が呼んでるわよっ」
やたら険悪な目つきでこちらに近づいてくるマーナと目があった。なんだろう、一応笑顔なのだがやたらと視線が怖い。
久々のアルス達の話。ここのシーンはあともう一話。




