34・愚か者の選択
グストは別に無能ではなかった。
戦士としても洞の民の頭領としても、普通程度に有能ではあった。
ただし、本人が思っているほどには優れてはいなかった、それだけだ。彼がそんな勘違いをした理由は一つ、今まで運が良かったのだ。
その時も、彼の運は良かったといえたのかもしれない。
巫女とゼラの妹が逃げたと知ったグストは、とにかく洞窟の入口防衛のために待機している戦士達のところまで行って、事情を説明して彼女達らしき者がいたら捕まえろと指示を出した。その時にそこではハチがおらずに皆落ち着いていた事で、彼も落ち着いてハチについてどうするか等もそこの連中と話し合ったりした。
そのせいで、外に出ようとする者と中に戻ろうとする者の混乱に巻き込まれずにすんだ。更にいうと、敵がきたと聞いて外に出ようとしたら入口周辺に人が密集していて出ていく事が出来ずあの酷い戦いにも参加せずに済んでいた。
少なくとも、そこまでは運が良かったの、だが。
「グスト様、砂の民のネイズ様によってウォット様が殺されました。更に、グスト様が族長に相応しい人間だというなら出てきて俺と戦え、と言っています」
その報告が来た途端、まわりは当然グストに期待の目を向ける。
部下の仇は上の者が取るのがナグラックの族の常識だ。ここで出て行かないという選択肢はありえない。
だが、グストは無能でないからこそ分かっていた。ここで出ていったら馬鹿だと。まだこちらが完全に追い込まれた訳じゃない。ネイズを無視して奴らを洞窟の中まで誘いこめば倒せる可能性はまだある。この際ハチがどうこう言ってる状況ではない。
だが、それは出来ない。なぜならグストはナグラックの族長だからだ。
ここでネイズ達を洞窟の中に引き込み倒せたとしても、一騎打ちの申し出を無視したら部下たちがグストが頭領であり続ける事を認めない。だが正直なところ、肉体の最盛期の問題でグストがネイズに勝てる確率は半々よりも低い。それを分かっていて真正面から戦いに出ていくのは頭のない戦闘馬鹿のする事だ。
――いや待てよ。最終的に奴との勝負を受けて勝てばいいんだ。
そこでグストは思いついた。
「ネイズの奴に伝えろ、俺と戦いたいなら中までやってこいと。俺は下の水場で待ってる。奴がくるといったらそこまで連れてこい、勿論丁重にな」
一騎打ちは受ける。ただし戦うのはこちらの有利な場所で。勝てる見込みの薄い戦いを正直に受けるような馬鹿と自分は違うのだ。
「さすが我らの頭、相応しい場所で戦うという事ですね」
「グスト様、ご武運を!」
装備を整えて、指定した場所に向かおうとすれば、周りの戦士達がこぞって賞賛の声を上げる。堂々と勝負を受け、勝ちさえすれば彼の民達は満足してくれる、かわいいものだ。
――あの突っ込むだけの脳しかないネイズなら、馬鹿正直にやってくるだろうよ。
ただ相手がゼラなら簡単にはのってこない。それならグストももっと考えた。いくら強いところで所詮馬鹿では上には立てないのだ、とその時のグストは自分の頭の良さに酔っていたと言ってもよかった。
下の水場というのは洞の民が水を汲む場所の一つで、戦える程度には広い空間があった。上に小さな穴があるせいで真っ暗ではないがそれでも薄暗く、水場というだけあって下は濡れていて洞の民のように履物の底に滑り止めをつけていなければ確実に滑る。慣れない人間にはかなり厳しい。道の分岐的にも祭壇のある広場からかなり遠いため、ハチもここまではこない筈だった。
更に言うなら、ちょっとした仲間内での諍いの勝負をする場所でもあり、少なくとも洞の民の者ならそこで勝負する事に疑問は持たない。
「よし、ここでいいか」
洞窟の中に差す光を通り過ぎたところでネイズは剣を抜いた。格というのの違いを見せてやるため、出来るだけ威厳のありそうな格好で待っていてやろうと考える。
「若造が、勢いだけで勝てると思うなよ」
ほくそえみながらグストはポーズを取ってみる。ここからなら入ってきた人間がよく見えるから、いきなり突っ込んでこられたとしても見失う筈はない。
そう考えて胸を張ったところで……ぞわりと肌に寒気が走る。一瞬で気分を不快にさせるあの羽音が聞こえた気がしたのだ。
――まさか、こっちにまでハチが迷いこんでいるのか。
チ、と舌打ちをしてグストは必死に耳を澄ます。どうやら気のせいではないらしい。とはいえ一匹のようだから、部下達がネイズを連れて来る前に始末なり追い払うなりしておけばいい。なにせこれからグストは最高に尊敬されるべき場面を自分の民達に見せつけてやるのだ。余計なものがいてだいなしにはしたくなかった。
「くそ、忌々しい虫ケラめが」
音を追ってグストは視線をめぐらす。だが、音だけでその姿は見えない。影になるところを飛び回っているのか。
グストは少し焦っていた、早くしないと来てしまう。
そんな中、やっと音が近づいてくるのが分かってそちらに向けて目をこらし、剣を構えた……のだが。ひゅっという音が聞こえたと同時に、グストの喉から濁った声が上がった。
「がぁっ」
後頭部に感じた衝撃の後、痛みを知覚した時には視界がすごい勢いで動いていく。何が起こったのか分からないまま地面に倒れて、何が起こったのか分からないまま――ナグラックの族長だった男はそのまま息絶えた。
「ばっかだなぁ、ちゃんと族長様らしい名誉ある死も選べたのに」
影に身を潜めていた男が笑う。
それに呼応するかのように、彼の肩にいる小さなサルのキキッという鳴き声が洞窟に響いた。
「俺さ、あんたみたいに自分の事しか考えてないタイプの偉い奴って大嫌いなんだよね」
場にそぐわないやけに明るい声が、もう何も言わない死体に掛けられた。
最後にいたのが誰かは分かるかと思いますが、次回は彼視点でこの続き。




