32・脱出2
次回はやっと暴れられる事になったネイズの話。
「あの……私たちが逃げたの、もう気づかれました……よね?」
おそるおそるというようにラーダが聞いてきたから、エニは急いで顔に笑みを作る。
「多分、気付かれてますね。でも連中は今パニック状態で、グストの言う事聞いて動ける人間はそんな多くない筈です。となれば、洞窟内をくまなく探そうとするより、とりあえず洞窟内から出さなければいいって思うんじゃないかと」
と、兄は言っていた。だから洞窟の奥から逃げるのだ。
「えぇ……そう、ですね。でも、パニックが収まったら奥を探しにくるの……ですよね?」
「そうですが、出口まで行ったらそんな余裕はなくなる筈です」
「そうなのですか?」
「はい、兄さまがちゃんと手を打ってくれています」
そこでラーダがクスクス笑う。
「本当に兄さまを信頼しているのですね」
「はい。兄さまに任せていれば絶対大丈夫です」
そこは当然断言する。
「私も、エニの兄さまにお会いするのが楽しみです」
「あ、でも……」
ラーダの笑顔が無邪気すぎて、エニはそこで不安になった。
「あ、兄さまはその……愛想がよくないというか、見た目はまったく優しそうではないので……ラーダ様が見たら、怖い、かもしれません」
そこでぷっと吹き出す音が前からする。みればバンダーの肩が小さく揺れて、上にいるドットがちょっと慌てていた。
「なによ」
言えば、前の男が振り向いた。にたり、という笑みを浮かべて。
「いや~、確かに、巫女様からしたらゼラ様の第一印象は怖いだろうなと」
「そんなに笑うところ?」
「いえなんとなく、愛想のいいゼラ様というのを想像しただけです~」
それは笑うより怖くならない? と、エニは思ったが、この話を続けたくはないのでへたに言葉を返さないでおく。
洞窟の中は薄暗く、この辺りは光苔がないのもあって明かりはバンダーが持っているランプ頼りだ。ランプは前方と言っても足元近くを照らしていて、エニはバンダーの足元を見ながら前に進んでいた。下には少し水が溜まっているため、歩くのに合わせてパシャパシャと音が辺りに響く。足は完全に濡れているが、これは仕方がない。
「っと、見えてきたみたいですね」
言われて顔を上げると、確かに前方の、そこそこ上の方に明るい光が見えた。最初は目が慣れなくてただの光にしか見えなかったそれは、近づいていけばその先に青空が見えた。
「結構高いわね」
穴の下に着いてから上を見上げる。高さは人間三人分くらいはありそうだ。穴からはロープが降ろされているからそれを使って登れという事なのだろうが、エニやバンダーはそれで良くてもラーダは無理だろう、となれば。
エニはロープを掴むと振ってみせた、するとすぐに穴から顔が出てきた。その顔に覚えがあったからエニはほっとすると同時に聞こえるだろうギリギリの声で告げた。
「まずラーダ様にロープを掴んでもらうから、上から引いてもらえる?」
すぐに、わかりました、と声が返ってきたからエニはラーダを呼び寄せる。ロープの先に輪を作って、彼女に片足を入れるように言って、そこから腰に縛り付け、最後にロープを掴んでもらう。
「あとはしっかり捕まっていてください。引っ張り上げて貰えますから」
「あの……」
それで上に引いていいと言おうとしたら、彼女が不安そうに見てくるからエニは少し困った。確かに、こちらの味方であっても、ラーダにとっては知らない人間ばかりがいるところへ先に一人で行く訳だから不安なのだろう。
「ラーダ様が上がったら、私もすぐ行きますので」
と言っても、彼女の顔は不安いっぱいという感じで本気で困る。
すると、キキっと小さな声と共に、バンダーの手からドットが彼女の肩に飛び乗った。
「そいつが付いてれば少しは心強いでしょ」
小さな毛玉が彼女の肩に捕まれば、ラーダの顔に笑みが湧く。
「はい、ありがとうございます」
それを見て、エニは上にいる者へ引き上げるように言う。
緊張して必死にロープを掴む彼女が順調に上に引き上げられていく。追手はまだきていない。そのまま無事、上にいた者達から彼女が引き上げられるところまで見届けて、エニは安堵の息をついた。それからちょっと、バンダーの方を見る。
「らしくなく気が利く事するじゃない」
自分の場合は、気付いていてもわざと無視したりするくせに――そんな思いも入れて嫌味のつもりで言ったのだが、常に飄々としている男は別に表情を変えない。
「それは、ドットの事ですか」
「えぇ、巫女様が不安そうだったのが分かったからでしょ?」
「まぁ巫女様はずっとドットを触りたそうにしてましたし」
確かにそうだったけど。なんだかエニとしては腑に落ちない。
「さすがのあんたも巫女様には優しいのね」
そこまで言うと、向こうも嫌味なのは理解したらしい。それで逆ににたっとまた嫌味な笑みを浮かべる。
「そりゃー、あの手の方は、エニ様と違ってこちらから言わないとただ我慢してあとで面倒な事になりますから」
それは褒められているのか、それとも女らしくないと揶揄われているのか。いつも通りの飄々とした笑みの男の意図は分からなかった。




