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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
二章:族長争い
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31・脱出1

 ハチザルは、花の蜜や樹液が好物である。

 更にこの小さなサルがその名で呼ばれるのは、それだけの理由があった。


「本当にハチそっくり」


 エニは思わずつぶやいた。

 ブーンとハチの羽音のような音は聞こえているのに、実際にハチは傍にいない。今その音を出しているのはバンダーの肩にいるハチザルのドットだ。ランプを片手に先頭を歩くバンダーのいつも通りの飄々とした声が説明してくる。


「この音を出して天敵に狙われないように してるってのが一般的に言われてる事みたいですけど、どうもこの音を出すとハチも寄ってこないというか、敵ではないと思うっぽいんですよ。食ってるものが花の蜜ならハチとかち合う事もあるでしょうし、そのために身に着けた技なんでしょう」


 ハチザルがそういう音を出せるというのは知っていたが、ハチを寄せ付けなくさせるというのは知らなかった。だがそれを見越してこんな作戦を立てたのだから兄はそこまで知っていたのだろうとエニは思う。


 あの後、居住区である広場に出る手前の通路でエニとラーダは騒ぎが起こるのを待っていた。それから間もなく、騒ぎが起こったのを見てエニはラーダを連れて広場を抜け、洞窟の奥へと逃げた。丁度祭壇の下辺りは火の影になっていて暗いから、そこをしゃがんで進んだのだ。無事居住区を抜けてからグストが祭壇の方へやってくるのが見えたから、少し遅れたら危なかったと思う。

 そうして、広場を出たところでドットがこちらを見つけ、それに導かれてバンダーと予定通り合流した。


「確かに、風はこっちに流れてるのね」

「えぇ、あっちの穴では既に待っているんじゃないかと思いますよ」


 この洞窟内にはあちこちに地上と繋がっている穴がある。人が通れる程大きいのは少ないが、ドットが通れる程度の地面の裂け目のような穴ならいくつもあった。

 ……この作戦を兄が説明してくれた時の事をエニは思い出す。


『連中が洞窟内で火を使えるのは、風の通り道があるからだ』

『風の通り道?』

『あぁ、洞窟の奥で火を使えば普通は空気を使い果たして火は消えてしまうし、そこにいる人間も息が出来なくなる。だから、祭壇の火を燃やし続けるため、祭壇は常に空気が入ってくる場所でないとならない。空気が入ってくるという事は抜けて行く場所も必要だ、だから風の通り道という事だ』


 完全とは到底言えないシロモノだが、兄ゼラは洞窟の地図を手に入れていた。かつて洞の民にいて逃げだした男から聞き出して作ったものらしい。それを元に、洞窟から外に通じている穴の大体の位置を予想していた。


『風の入口はグスト達が使っているあの入口だろう。あそこが一番大きな穴だからな。そして出口は他の穴達だ。お前はその出口に当たる穴から逃げる事になる』

『でも兄さま、人が通れないような小さい穴ばかりなんでしょ?』

『あぁ、だがそれなら人が通れるくらいまで広げればいいだけだ。ただ勿論、ロープを使っても登るのが厳しい程高い位置や、そもそも人が通れない通路の先にある穴から抜け出すのは不可能だ。丁度いい穴を見つけられるかはバンダーの連れてるサル次第だな』


 洞の民の洞窟がある一帯は、グスト達が使っている出入り口周辺や人が出入りできそうな場所は警備が厳重なものの、それ以外の場所は放置されていているらしい。だから大まかにあたりをつけた小穴の周辺に人を待機させておき、中からドットに風を追わせて穴から出てきてもらう。それで正確な位置を確定する。ドットはバンダーが捕まっている場所を中心に穴を探すから、そうやって風の出口になる穴をいくつか見つければ、現在の洞の民の拠点も予想がつく。

 そうして見つけた穴の内、広げれば人が通れそうなところを脱出口とし、奴らの拠点に一番近い穴からハチを入れる。

 兄いわく、宴の最中なら、ハチの習性で洞の民を襲ってくれるそうだ。


――本当に兄さまは強いだけじゃなくて物知りだから。


 兄ゼラは父を嫌っていたのもあるのだろうが、エニが物心ついた頃にはほぼ一日中森にいて、用事を言いつけられない限りは家には寝るために帰ってくるくらいだった。食事時間さえ森で、食べ物は自分で調達すると言って家にいないのが普通だった。

 エニが一緒に森に行くようになって分かったが、ゼラは森にいてひたすら体を鍛えつつ、虫や動物、植物の観察もよくやっていた。流石に植物等は、最初のうちは取って来ては老人達に見せてそれが何なのか聞いていたそうだが。だからゼラについて森へいけば、食べられる植物やその実、危険な動物の避け方等、捕まえ方、本当によく知っていてエニも家であまり食べなくなった。それはゼラが正式に戦士になるまで続いた。


 先頭をバンダーが歩いて、その後ろをエニとラーダが歩く。ラーダはさすがに初対面のバンダーの事が怖いのか、エニの腕をしっかりもって殆ど喋ろうとしない。ただ、彼の肩にいるドットを見ている目は柔らかいから、その主であるバンダーへの警戒心が解けるのも難しくはなさそうだ。


――まぁ動物は人をよく見てるっていうし、悪い奴じゃない、のだろうけど。


 ただエニは、どうしてもこの男にうさん臭さを感じてしまう。勿論、兄ならそれを分かった上で使っているとは思うのだが。ケイラもそれが分かるから、目の敵にしているのだろう。


エニ達の脱出話はもう一話。

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