30・まさか
その時のグストは、既に全てがもう終わって土の民に対して勝利が決まった気分でいた。
ただ突っ込む事しか出来ない無能ばかりでは、絶対に自分を倒す事など出来ない。もし洞窟の中まで入ってこられたとしても、巫女とゼラの妹を盾にすれば向うは手を出せはしない。あぁいっそ、殺す前にゼラの前で妹の痴態を見せつけてやろうか――そんな妄想に上機嫌でいたグストの頭の中は、その時がある意味絶頂期だった。
「うわっ、ヤベェっ」
どこかでそんな声が上がったかと思ったら、次には悲鳴が上がる。
「きゃー、来ないでっ」
それで済めば酒の席で誰かがはめを外し過ぎたかで済んだところだが、すぐに声の出どころは広がって、あちこちで悲鳴が上がりだした。
「イヤー、誰かさっさと追い払って」
「何でこんなところにっ」
「ヤダヤダ、どこから入ってきたのよっ」
「いてぇ、いてぇっ刺されたっ」
さすがのグストも、苛立って怒鳴った。
「ええい、何が起こってるっ。騒がしいっ」
折角気分よく飲んでいたところで水を差されて、グストの機嫌は一気に下がった。そこで、まるで逃げてきたかのような勢いでやってきた者がグストの目の前で膝をついた。
「頭、すみません、ハチですっ」
「……ハチだと?」
予想していなかった答えが返ってきたことで、グストは眉を寄せた。だが、聞き返すよりも早く、あの独特の羽音が彼にも聞こえた。
「なんでここにっ」
「わかりませんっ」
顔の周りを手で払いながら聞いてみるが、不穏な羽音は増えるばかりだ。しかもハチだと分かっても音だけでその姿がよく見えない。いくらランプや聖台の火があると言っても、この薄暗い中で飛び回る昆虫サイズのものをハッキリ見るのは難しい。
「くそ、こいつらは毒バチか?」
「分かりません、ただ刺された者が何名か」
「早く追い出せっ」
「数が多すぎて無理です」
言っている間にも周りの騒ぎは大きくなっている。ここにきてグストもかなりマズイ状況であることを理解した。座っていた場所に敷かれていた布を頭からかぶり、祭壇に向かう。傍に積み上げてあった木片から出来るだけ長いものを取り、火に突っ込む。
「この、焼き殺してやるわ」
木片の先に火が付いたのを確認して、それを羽音にむけて振る。
かろうじて一匹、落ちたものが見えたがこのペースで全部を落としきれる訳はない。今ではハッキリあちこちからあの不気味な羽音が聞こえていた。
「くそ、忌々しい。仕方ない、皆、一旦外へ行くぞっ。戦士共は武器を持っていくのを忘れるなっ。それと、巫女とゼラの妹を連れてこいっ、急げっ」
これだけのパニック状態であっても、外で敵が待ち構えている可能性を忘れていないグストは無能ではなかった。ただ他の連中はグスト程冷静ではなく、既に外に向けて何も考えず走り出している者もいた。果たして何人がちゃんと武器を持っただろうか――ハチなんて自然災害のせいで、洞窟から追い出される事になろうとは思わなかったとグストは考えて、そしてふと思った。これは本当に自然災害、運悪くハチが入り込んだだけなのか。そうでないのなら、出てくる答えがある。
――まさか、ゼラの策略か?
その可能性を考えはしたが、グストは頭の中で即否定した。というか否定したかった。
だが、そこから間もなく、彼はその否定した答えこそが正解なのだと思い知る事になる。
「頭、巫女様がいません。ゼラの妹もです。見張りが殺されていますっ」
ちょっと短めですみません。
次回は逃げたエニ達の話。




