28・最後の宴1
「ははははっ、ネイズの奴は本当に突っ込む事しか知らない馬鹿者だからな」
そう言って上機嫌で笑うグストに、エニは大人しく酒を注ぐ。
「まったく、威勢よく突っ込んできたはいいものの、こちらの部隊が洞から出てきたら慌てて逃げたそうですよ」
「ふん、出てきた人数に驚いたのだろう。外から見たら警備は手薄に見えたのだろうが、入口付近には常に守備部隊を待機させているからな」
「本当に、馬鹿な男です」
「突っ込む事しかしらない馬鹿な若造だ」
――この会話をあの脳筋男が聞いたら、全員切り刻まれるでしょうね。
グスト達の会話を聞き流しつつエニは努めて従順なふりをしていた。
兄ゼラの立てた脱出計画では、ネイズが洞の民にちょっかいを掛けて負けて見せるのが開始の合図となっていた。勝利に気をよくしたグスト達は祝いの宴をやるから、実際に逃げるのはその時……という事になっていたのだが。
ここでエニ側に困った想定外が起こっていた。
勝った事をこちらに見せつけたいのか、それとも目新しい若い女を傍に置きたかっただけなのか。エニは勝利の宴でグストの酒の酌をするように言われて連れてこられたのだ。
――このおっさん、本当に馬鹿じゃないの?
いくら若い女だとしても、敵の身内に自分が飲むものを注がせるなんて頭が悪すぎる。何かやっても見破れる、もしくは押さえつけられる自信があるのか、こんなのがナグラック族のトップだと考えたら頭にくるくらいだ。
――ナイフをここに持って来ればよかった。
そうしたら、こいつの首にナイフをつきつけて逃げる事が出来たかもしれない。そう考えもしたが、それはゼラに止められていたのを思い出した。
『エニ、もし、今ならグストを殺せる、と思ってもやろうとするなよ』
『何故?』
『直接戦う分には奴はお前の予想以上に強い。それに、そういうのも慣れてるんだ、あの親父は』
兄の言い方だと、この男にとっては女に寝首を掛かれそうになる事はよくある事なのだろう。つまり、エニが何かするのも想定した上で酒の酌なんかさせている。そう考えればただの馬鹿で思考停止するべきではないと思い直す。
ただそう考えればエニとしては益々良くない状況だ。
エニの仕事は宴の中で兄が起こしてくれる騒ぎに紛れて巫女を連れ出す事なのに、肝心のラーダが今、傍にいない。自分が今、どこか別のところで監禁されているならそこから逃げて彼女を迎えにいけばいいだけだが、ここで騒ぎが起こったらグストはエニを逃がさないようにするだろう。
「お前の兄も、馬鹿ばかりを率いて大変だな」
そこで急にグストからそう言われて、エニは急いで顔を上げ、それからすぐまた顔を下に向けた。
思いっきりクソムカつく、酒臭いにやけた親父の顔を見てしまったからだ。あからさまに嫌そうなのが顔に出てしまったから急いで下を向いた。
「は、はい……砂の民の頭領は戦う事しか考えていないので……」
――そこはその通りだけど。
心の中でつっこみつつ出来るだけ怯えたように声を返せば、そうだろうそうだろう、とグストは大声で笑いだす。しかもこちらの肩を抱いて引き寄せられて、エニは殴りたいのを必死で我慢しなくてはならなかった。
「ここはそう簡単に攻めてこられないようにしてある。若造共がどうがんばったところで、中にさえ入れず逃げ帰る事しか出来んだろよ」
――あー……うざいうざいうざいうざい、臭い臭い臭い臭い。
酒の匂いだけじゃない、傍にいると一言ごとに耐えがたい悪臭が襲ってくる。吐き気さえ覚えるくらいで、腕なんて鳥肌が立ちっぱなしだ。更に調子に乗ったクソ親父は、肩を抱くだけではなくこちらの胸までさわり出した。
――殺したい、本気で喉を掻っ切ってやりたい。
エニは耐えた。震える手を握り締めてどうにか暴れたい衝動を耐えた。もう限界、ではあるのだが、それでもこれはチャンスでもあると自分に言い聞かせる。
エニは俯いたまま必死で顔に笑顔を作ると、自らグストに体をくっつけて行き、そこから顔を上げた。
「お、どうした?」
にやにや顔の親父がスケベそうな笑顔で見てくる。本気で殺したい。
「あの……ここでそのような事は……」
「なんだ、人目が気になるか?」
「えぇ、せめて……」
クソジジイの顔を見ていられなくてまた下を向く。ただ向うには恥ずかしがって顔をそむけたようには見えただろう。
グストの顔が近づいてくる、臭い息とともに。死ね。
このシーンはもう一話。




