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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
二章:族長争い
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27・その時、まで

 まばらに生える光苔と、扉の隙間から入る見張りの兵のランプの光だけが明かりの全ての暗い部屋の中、キキッという小さな鳴き声を聞いて、エニは上を向いた。


『何?』


 小声で聞き返してきた巫女ラーダに、エニは黙るよう口の前に指を立てた。エニが立ち上がってそちらに手を伸ばすと、手の上に温かい重さが落ちてくる。それからすぐ、それが差し出してきたものを受け取る。それから、目を大きくあけて、けれど嬉しそうな顔のラーダに説明してやった。


『仲間の連れているペットです』

『はい。……その、触っても?』

『いいですよ。そっとでお願いします』

『はいっ。わー、柔らかい』


 バンダーの連れているハチザルのドットが来たという事は、彼は無事こちらに潜入出来たという事だろう。


――まずは計画通り、かな。


『ラーダ様、ちょっとこの子を持っていてもらえますか?』

『え? あ、はいっ』


 驚きはしたものの、ラーダの表情は明らかに嬉しそうだ。ドットを彼女の腕に乗せれば、彼女はとろけそうな笑みを浮かべて嬉しそうに小さなサルを撫でていた。

 エニは部屋の中を見回した。

 現状、計画がどこまで進んでいるかは分からない。ただ上手くいけばここの連中が宴を始める筈であるから、それがこちらが行動を起こす合図となる。エニはたった今ハチザルのドットから受け取ったナイフを見て、少し考えた後に部屋の隅にある瓶のところに行ってその後ろへ隠した。

 それから腕に結んでいる赤い色紐を一つ解いて手にもつと、ラーダのところへ戻る。


『ありがとうございます』


 言ってラーダからドットを受け取る。それから先ほどの色紐をドットに持たせた。


『じゃ、これをあんたのご主人様に渡して』


 確実にナイフを受け取ったと、それを伝えるためだ。エニはこの赤い色紐を服のあちこちに飾りのようにしていくつもつけている。それは兄に報告を送る時、それが確実に自分からのものだというのを示すために使うからだ。


『じゃ、行きなさい』


 そうして小さなサルを壁の方に近づければ、壁に飛び移ってそのまま天井近くに上っていく。それがうまく見張りの頭上をぬけていったのを見てからエニが振り向けば、まだ名残惜しそうに向うを見ているラーダが目に入った。

 エニは思わずクスリと笑ってしまってから、少ししゃがんで彼女と目線を合わせた。


『いいですか、ラーダ様。あのサルが来たのならあの子の飼い主がこの洞窟のどこかにいるという事になります。そして今、こうして私に接触してきたという事は、前から言っていた『その時』が近いという事です』


 ラーダの表情がそれで一気に引き締まる。彼女はごくりと喉を鳴らすと、慎重に聞いてきた。


『ここから、逃げるの……ですね』

『そうです。私を信じてついてきてください』

『はい』


 迷いなくそう返事をしてくれる彼女に少しだけエニの心は痛む。

 兄ゼラは甘い人間ではない。彼女を手に入れたら巫女という存在を最大限利用するつもりな事は分かっている。だがだからこそ、彼女を丁重に扱ってくれるのは間違いない。少なくとも確実にここにいるよりも彼女にとっていい筈だ。

 エニが巫女である彼女をここから連れ出すのは兄のためではあった。ただこうして彼女自身を知る事になってからは、彼女を救い出したいという思いも強くなっていた。







――さって、こっちの準備は出来たから後はゼラ様がどこまで上手くやるかかな。


 相変わらず川の民と共に囚われている場所で横になりながら、バンダーは薄目で警備兵の様子を見る。特に何か騒ぎが起こったりそわそわしている様子もないからまだ『その時』ではないのだろう。


 ハチザルのドットは現在、仕事を終えてバンダーの胸元に収まっていた。いつもの籠がないからこうして服の中に隠している訳だが、実は洞に入る直前にナイフを二本渡して外へ放していたのだ。中へ入る前に改めて荷物検査をされたのだから仕方がない。そこからこっそり洞窟へ侵入してバンダーのところにナイフを持ってこさせて、そこからもう一本をエニに届けさせたという訳だ。


 どうやらまだ捕まえた川の民の仕事は決まっていないようで、今は定期的に僅かな食糧が与えられる以外で何か言われる事もない。だからこそドットを懐に隠しているが、何かあったらまた放して隠れさせておけばいいだけだ。


――ま、こういう危ないとこには本当はずっと置いておきたくないんだけどな。


 潜入先の自分に何かを届けて終わりならさっさと外に行っていろと指示するところだが、今回ドットにはまだ大きな仕事が残っている。ハチザルがハチザルと呼ばれる所以の特性を生かした仕事だ。正直、この案を聞いた段階でゼラは最初から自分を潜入させるのは決めていたんだろうと思った。


 ただ実際、面白いと思ったから大人しく従っている。本当にあの男は、強いだけでなく頭も回る。


――今のところは、あんた以上にすごいと思った奴はいないからね。


 実際、目標に向けて行動を起こせるだけの立場や能力もある。この男が何をするか見てみたいと思えるだけのものがあるからバンダーはゼラに従っているのだ。


――おや。


 基本は目を閉じて、時折薄目で警備の者を見ていたバンダーが目を開く。

 なにやら外が騒がしい。

 方向的には居住区となっている方からだろうが、あの騒ぎ方はここに来た時、つまりグストが川の民に勝って帰ってきた時の騒ぎとよく似ていた。


 どうやらゼラが動き出したようだ。


エニとバンダーそれぞれ、事が起こる直前のお話でした。

次回は洞の民の宴会。

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