25・巫女2
ラーダは涙を拭いながら嬉しそうにエニの手を取る。
『ごめんなさい、でもエニがあまりにもよそよそしいから私、悲しくなってしまって』
『そこは慣れてください。とにかく、普通の声ではあくまで巫女と部族の一戦士との会話でお願いします』
『が、がんばりますっ』
そんなやりとりをしつつ、エニは普通の声でも発言する。
「祈りの儀式お疲れ様でした。暫く休んでくださいませ」
「はい、そうします」
彼女の意図が分かったからラーダもそう返して、二人して口を押えて笑いながら部屋の奥に移動する。
洞窟の中は声が響く。普通の声量だと入口にいる見張り達にも聞こえてしまうため、そちらではあくまで立場に見合ったそっけない会話をして、親しい話は小声でこっそりやりましょう、と会ったその日に言われていた。あの時も今日と同じく最初は一歩引いた挨拶をされて、それにラーダが悲しそうな顔をした途端に小声でそう言われたのだ。
初めての同年代の少女との会話。
二人共囚われの身という状況なのにいつまでも話は尽きなくて、母が亡くなってから初めて『楽しい時間』というものを過ごした。彼女と過ごすようになってから、まったく知らなかった外の事をたくさん知れてラーダの世界は一気に広がった。ナグラックの洞の民以外の者達の話、エニの身の上話、大切な兄の話、ここへ捕まった理由――そうして彼女はラーダに『希望』という暗闇の中の光をくれた。
『じきに、こんなこそこそ話ではなく自由に堂々とおしゃべり出来るようになりますから』
自由、というその言葉に心が跳ねる。
生まれた時から暗いところに母と共に幽閉されていたラーダには、自由なんてものはなかった。巫女になってからグストに連れられて外に出た事はあっても、自由なんて何もないから見る以上の事は何も出来なかった。
それでも最初は、巫女の務めとしてそれを納得出来ていた。
けれどもすぐに、巫女は単なる族長の所有物で、神への儀式も祈りも族長にとってはただ部下たちを従わせるためのカタチだけのものである事を理解した。
『兄さまが族長になればきっと、貴女に自由をくれる筈です』
エニと話して、彼女の兄の話は何度も聞いた。けれど、エニの事を信用はしていても、まだ見た事がない彼女の兄を信用出来る筈がない。
『でも、あなたの兄さまも神を信じてはいないの……ですよね?』
ならば、グストと結局は同じではないか? エニの話を聞いて特にその部分だけはどうにも不安だった。
『確かに、兄さまは神なんて信じてないけど、神を信じている人間を馬鹿にしてはいません。ラーダ様を慕っているナグラックの民のために、貴女に対しては巫女に相応しい、敬意を持った待遇をしてくれる筈よ』
――あぁ、民のために、と思えるような人なのね。
そこは確かにグストとは大きな違いだ。グストは洞の民達に向かってよく『かわいい俺の民よ』と呼ぶ事があって、実際本心からそう思っているようではある。だがそれはあくまで自分の所有物に対しての愛着のようなもので、自分に逆らう者は勿論、自分の意に沿わない者、自分を諫めようとしてくる者を許さない。部下たちは自分のために生きて、自分を讃えるのが当然の道具のような考え方だ。
『つまり貴女の兄さまは例え自分がどうでもいいと思っていても、民が大切にしているものなら大切にするべき、と考えられるような方なのですね』
『はい、そんな感じです。ただ、無条件に……ではないですけど』
『そうなのですか?』
『えぇ、まぁ……』
少し気まずそうな顔をするエニに、ラーダは考えた。ここでただ肯定して何も問題がないと答えなかった段階で、彼女はやはり信用出来る、と。
『酷い無駄だったり、そのせいで悪い影響があったり、総合的に見て自分の陣営のために切り捨てた方がいいものは切り捨てます。例えば……兄さまは火矢を使うのをやめました。使わずに勝って、その後にいらないものを燃やせばいいと。あ、ですからちゃんと勝利後の祈りは捧げています、その後の宴も』
それでラーダはエニの兄であるゼラという男の事を少しだけ理解できた気がした。おそらく頭が良くて、合理的な考え方の持ち主だ。兄に助けられた事があるというエニのエピソードからしてもそうなのだろう。自分が叩かれた方が被害がないから――それは更に、合理的であれば自分が損な役目を引き受けるべきと思える人物という事でもある。
まだ見ぬゼラという男を信用をした訳ではなかったが、その時からラーダの中に生まれた希望の中には、その男に対する期待も含まれる事になった。
次回はこの作戦の戦闘役である砂の民のネイズさんの話。




