24・巫女1
ナグラック族の巫女の仕事は祈る事だ。
祭壇の前に立ち、常に燃えている聖なる火にエージリンの葉を焚べて祈りの言葉を捧げる。代々の巫女から受け継いできた祈りの言葉には独特のリズムがあって、それは時には歌にも聞こえる。洞窟の中に彼女の声だけが響いて、皆が祭壇に向けて頭を下げる。この時ばかりは族長であるグストも彼女に膝をつく。当然、ただの形式だけのものではあるが。その姿を見る度に、巫女である彼女は思うのだ。
――こんな男が本当に神を崇めている訳がない。
ナグラック族の人間は皆、火の神ティエルペを崇めている。
彼らが炎の部族と言われ、敵を燃やす事を『浄化』と呼ぶのもそのせいだ。
ナグラック族自体は普段は一つに集まる事はなく、いくつかの集団に別れてそれぞれ活動している。そんな彼等を繋げているのが、この火の神への信仰だった。だから火の神の巫女はナグラック族にとっては神の使者として時に族長以上の力を持っていた。
それには勿論、頭に『かつては』という言葉がつくのだが。
かつては確かに巫女は族長以上の発言力を持っていた。今でも何も知らない一般の民にとってはそうだろうが実質は違う。
変わったのは炎の宴で族長を決め、巫女は族長となった民の頭領がが守る、と決まってからだ。最初は取り決め通り巫女を敬って守っていた族長は、すぐに巫女を自分の所有物のように扱いだし、今では巫女は族長の印として渡される玉座や王冠代わりのような扱いになってしまった。
それでもラーダは巫女としての仕事をおろそかにした事はなかった。たとえ形式だけの祈りの儀式だとしても、彼女は神のため、民のために精一杯の祈りを捧げていた。
そうしていつも通り祈りが終われば、彼女は跪く人々の前を通って部屋へと戻る。
「巫女様、今日もありがとうございました」
部屋の扉の前までくると、護衛をしてくれた者がそういって深々と礼をしてくる。こんなところに閉じ込められているのだから捕虜と変わらない扱いだと分かっているだろうに、戦士達は彼女に最上位の礼を尽くそうとしてくれる。それがまだ彼女の心を救っていた。
見張りの者が部屋の扉を開けてくれてラーダは中へ入る。扉が閉まればランプの明かりの大半が隠されて一気に暗くなった。奥に進むにつれて更に暗くなっていくが、代わりに光苔の明かりが彼女を迎える。
生まれた時から洞の民と暮らしているラーダにとっては、この薄暗い世界が彼女の日常だった。
生まれながら、閉じられた世界だけしかしらない。
けれど今、それは少し違っていた。祈りの仕事が終われば一人の暗い牢に戻るだけだったそこには、今は迎えてくれる人間がいるからだ。
「お帰りなさいませ、ラーダ様」
初めて会った時と同じく、戦士達のように恭しく出迎えてくれた少女の名はエニというそうだ。歳の頃は同じくらいなのに、彼女は戦士だということで見るからに自分より体も大きく大人っぽくて強そうだった。
「はい……でも、そんな言葉よりも私は……」
巫女であるラーダの世話をする女性は昔からここに出入りしているし、遠征に連れていかれる時もそのための女性の世話役がついてくるから、同性で話せる人間がまったくいなかったという訳ではない。
ただ彼女達は全て年上だったし、ラーダに対しては丁寧だったが余計な話はしないようにしていた。
だから、同年代の同性の彼女が捕虜としてこの部屋にいる事になって、ラーダ―は期待したのだ。もしかしたら『友達』というものが出来るかもしれないと。
「いえ、巫女様は我らナグラック族の者にとっては唯一のお方でございます。失礼な態度はとれません」
けれどそう返した直後、彼女はにやっと悪戯した子供のように笑ってこちらに近づいてくる。そうして、耳元に顔を近づけてくると小さな声で言ってきた。
『ですからラーダ様、誰が聞いているか分からないので、普通の声ではそんな親しい言い方は出来ないといったじゃないですか』
緊張していた顔の筋肉が緩んで笑みが湧く。なんだかほっとして涙まで出てきてしまった。
巫女ラーダとエニの交流話、かな。
この話はもう一話。




