19・川の民
ナグラック族の中で川の民と呼ばれる者達は、その名の通り主に川沿いにある集落を襲って生活をしていた。人間の生活に水は必須であるから昔から川の傍に住み着く者は多く、だからかつての川の民はナグラックの中でも裕福な方であった。
ところが暴れすぎて川の周りの住人達が結託し、彼等に対抗するようになった。特に痛かったのは川の上に対策として縄を張られたり、川の中に杭を打ち込まれた事で、そのせいで船が使えなくなった。
船を使って川と陸の両方から襲撃をかけていた川の民の戦闘スタイルは崩壊し、今は基本漁師のような生活をして、戦いといえば周辺を通る連中を襲ったりする程度になってしまった。
そんな事情があるから、ナグラック族といっても川の民は『落ちぶれた連中』という目で同族の他の民達から見られていた。
勿論そんな川の民がろくな戦力を持っている訳がなく、ナグラック族の中での地位も低かった。……ある意味最下位といってもいい。
そんな川の民の頭領は、洞の民の頭領であるグストから同盟の申し出がきたところで、その内容にまず疑いを持った。どう考えても格下な川の民に向けてグストが対等な関係を考えているとは思えない。同盟を了承した後にあれこれ条件をつけられるのでは……そう疑心暗鬼になって返事に迷っていたのだろう。
けれど、返事をする期限よりも早く、グストは川の民を襲撃した。
ただでさえ戦力差は圧倒的なのに、その日までは安全だろうと安心しきっていた川の民は抵抗らしい抵抗も出来ずグストに降参するしかなかった。
――と、ここまでは想定通りだけどね。
偵察として洞の民の動向を探るようにいわれていたバンダーは、川の民を制圧して宴を開いている洞の民の連中を高台から見下ろしていた。当然、相棒のドットを肩に乗せて。
こうしてみていると、今襲撃したらさっさと終わるんじゃないのか――と思ってしまうところだが、それをゼラがしないのには理由がある。現ナグラック族の族長という肩書きがあるグストの傍には、火の神ティエルペの巫女がついている。強い者が正しいという価値観のナグラックの戦士達は、戦うとなれば族長であるグストや同族の洞の民を殺すのに躊躇する事はまずない。だが、巫女に危害を加える事態になるのなら話は変わってくる。いくらゼラにカリスマがあっても、戦士達の中に反発や不信感が広がるのは抑えようがない。
――ただでさえあの男は、あまり神さまを敬ってないってみられてるしなぁ。
火矢を使う伝統をなくした事でそれが神の意に沿っていないと考える者は割といる。これで巫女がいるのに戦闘を仕掛けたら、そういう奴等がゼラを非難し出す事は確実だ。それをあの男は分かっているから、洞の民を襲ってさくっと頂点をとるという手はまだ取れないのだ。
巫女を奪取するか、せめてグストと引き離して戦いに巻き込まれない場所にいてもらうか。それが出来たならさっさと終わるのだが、グスト側も分かっているからそんな愚は犯さない。グストは常に巫女を近くにおいている。戦闘にも当然連れていっていて、今回の川の民の襲撃でも巫女はグストの傍にいる。
――まぁ、巫女の問題をクリアするなら、このまま『宴』まで待つのが一番無難ちゃー無難だけどね。
既に砂の民と草原の民を配下にしたゼラが次の宴で族長に選ばれる可能性は高い。岩の民のドーレアは強い方につくだろうから、余程の事がなければゼラについてくれるだろう。だが、懸念材料はある。
――あのオッサンは、それを分かってるからなりふり構わない手を使ってくるわな。
実際、ゼラの妹のエニを攫おうとした訳だし、次はもっとエグい手を使ってきてもおかしくない。言動はまったく情に厚そうにみえないゼラだが、あれで自分に従う者に関しては相当の労力を払っても守ろうとする。エニがだめならゼラの部下、部下の身内……裾野はいくらでも広げられるし、一人じゃ弱くても複数人を捕まえられたら無視は出来ない。そもそも巫女を盾に何を言い出すか分からないというのもある。
「俺としちゃ、あんなつまらないオッサンにあんたが困るとこなんか見たくないんだよな」
だからあんなクソ親父はゴミ掃除並みにスカっと綺麗に潰してくれないと期待外れだ。
バンダーは昏い瞳で眼下の連中を見下ろすと、唇に歪んだ笑みを浮かべた。
今回かなり活躍するバンダーさん。
次回はゼラがクリス村に戻ってきた話。




