6・聞いてない1
このクリス村において有力者の子供というのは、大抵それなりの歳になると親から奴隷を買い与えられる。ただし、それは子を甘やかしているのではない。早い話、それは子供にとって最初の部下となるのだ。将来上に立つべき立場の子供に、主としての振舞いと責任感を学ばせる……そのための奴隷だった。
と、いう事で、サリドの息子であるアルスなら、ある日突然奴隷を連れ歩くようになっても誰も驚かない。ただシオールの見た目のせいか、何のための奴隷だとアルスに疑問の目が向けられるのはちょっと困る。
だからアルスはその度に言った。
「父上から俺専用の護衛を貰ったんだ」
おそらく戦士として実績がある者なら、シオールの持つ雰囲気だけでかなりの腕だと察せるだろうが、そうでない者にとってシオールはやたら容姿が良くて華奢な少年だ。しかも今は腕も足も服で隠れているから、実は細くてもきっちりついてる筋肉は見えない。
ただそこで初めて、アルスの話をまともに聞いてくれる人物が現れた。
「へぇ、その子、そんなに強いの?」
言ってきたのはマーナだ。しかも今日は一人ではなく珍しく姉のミーナ、妹のテイナとも一緒だった。思わずアルスは姿勢を正した。
「あ、ミーナさん、お久しぶりですっ」
「久しぶり~、アルス君が綺麗な子連れてるっていうのは本当だったのね」
「え、えぇまぁ……」
実をいうとマーナ以上にアルスはミーナが苦手だったりする。なんというか、口調は柔らかいし優しいしいつも笑っているのだが、なんだか逆らえない空気がある。小さい頃、マーナと喧嘩をしたりしてはミーナに有無を言わさない圧で止められていたせいか、どうにも身構えてしまうのだ。
「あるしゅ、おひさしぶりー」
ただ、そこでミーナの後ろに半分隠れながら姉のマネをしてきたテイナにはアルスの顔も思わず緩む。
「うん、久しぶりー。元気だったかな?」
「げんきだよー、あるしゅはげんき?」
「うん……まぁ、げんきだよ」
「きょうもさぼってるのー?」
「え? いや、それは……」
テイナは今三歳くらいで『さぼってる』の意味を分かって言ってはいないと思われる。多分マーナがいつも自分の事をそう言っているから言っただけだろう。
しゃがんでティナと目線を合わせていたアルスは、笑顔を浮かべつつもさすがに返答に困った。そこで唐突に、服の襟首をつかまれて強引に上へ引き上げられた。
「ちょっと、普通は声かけた私にまず返事するとこでしょっ」
マーナの怒鳴り声が耳に痛い。服から手を離されてすぐ、アルスはおそるおそる振り向いた。思いきり怒った顔のマーナに睨まれた。
「あー、ごめんごめん、えぇっとこのシオールが強いかって話だよね」
と、その先を話そうとしたら、そこでミーナがマーナの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜ出した。
「や、ちょっと、姉さんっ」
「もー、この子ったら拗ねちゃって~」
「すねちゃって~」
姉のマネをしようとしているのか、テイナはマーナの足を撫でている。手が届かないからだろうが、ちょっと微笑ましい。
「もうっ、やめてよっ、姉さんてばっ」
勿論マーナは更に顔を赤くして怒っている訳だが。
……まぁ、アルスとしてはこういう光景は見慣れている。ミーナはマーナに対してこういうちょっと度が過ぎたスキンシップをよくしていた。
ただ子供の頃はともかく、今のマーナなら力ずくで姉を振り払う事など容易いのだがそれはしない。なにせミーナは、マーナが戦士になる事を反対している親と違って昔からそれを応援してくれている。それにそもそも、この姉妹は仲がいいのだ。
「……で、その子シオールっていうのね?」
やっとミーナが手を離してから、マーナがこちらに改めて言ってくる。髪の毛がぐしゃぐしゃのままだが、アルスはあえて気にしないふりをした。
ちなみにテイナはミーナが邪魔しないように抱き上げていた。
「うんそう、俺の護衛として父上に貰ったんだ」
そこで髪が気になったのか、マーナはさっと手で髪を整えてからちょっと偉そうに手を腰に置いた。
「で、その子本当に強いの? あんまりそう見えないけど」
言いながらマーナが疑わし気な目でシオールを見る。足を止めて遠巻きにこちらを見ている皆も、彼女と同じ疑問を持ってシオールを見ているのだろう。だからアルスはわざと皆に聞こえるよう、大きい声で返した。
「うん、強いよ。父上が強いぞって断言してるんだから相当の腕だね」
これで周りも疑わしい目でじろじろ見ないでくれればいいんだけど……というアルスの思惑があったのだが、そこで何故かマーナは深刻そうに顔を顰めた。
「……それ、危険じゃないの? サリド様はどういうつもり?」
そう聞かれるとは思わなかったアルスは愛想笑いを返すしかない。いや確かに自分も父に聞いたが。
「え? あ? いやぁ、どういうつもりだろう……ははは」
心配をしてくれたのかもしれないがこれはこれで面倒臭い。笑ってごまかそうとしたのだが、なんだか怖い顔で睨まれて離してくれそうになかった。しかもそこで足止めを食らっていたら、もっと厄介な人間がやってきた。
「へぇ、そいつがお前の奴隷か」
「レガン……」
このシーンは次回に続きます。




