16・ふさわしい仕事
川上へ向かって逃げていた村人達は、途中の段差を上がっていた。崖を登るのと違って、上から引っ張り上げながら下から押す人間がいればすぐ上がれる程度の高さであるから大きな問題はない。ただ、場所の広さのせいで二人づつしか上げられないから時間はかかる。マーナは押す役も引っ張る役も向いてないから、先に上って前方の警戒をしておくように言われていた。
マーナは不満だった。
現状――といってもジェアから前方を警戒しておいてほしいと言われたのが不満なのではなく、そもそも自分もレガン達のグループなのに戦闘に参加できなかったからだ。
とはいえ、あそこでアルスの頼みを断ったり、不満を言って無駄な時間を使うべきではない事くらい承知していた。勿論、その後も明らかに不満げにしたり、不貞腐れてやるべきことをしない、なんてこともしなかった。
――今回のは貸し10くらいつけてもいいんじゃないかな。
といっても、村を逃げてから貸しがありすぎて既に数えるのもやめていたが。
偉い人間が誰もいない事もあって、現在皆のこれからの行動を決めるのは六英雄の子供達が中心になっている。我が強いレガンがリーダーになりたがっているのは分かるが、彼の考え方は戦士脳過ぎて女子供や老人等の弱い者の気持ちを一切考えていない。だから、彼の意見を通せば皆から不満が出るのは確実だし、そもそも六英雄の妻達が許さないだろう。
一方アルスはその辺りも考えた上で、一番皆が生き残れそうな道を考えている。どちらがいいかなんて言うまでもない。ジェアも最初こそはレガンに対抗していろいろ言っていたが、途中からはアルスの意見に賛同するようになったから基本的に今のこの集団の行先はほぼアルスの意思で決められているようなものだった。
マーナも自分の意見がない訳ではないが、アルス程具体的な案が出せる訳ではないので、方針的には理解できる彼の意見に賛成している感じだ。それに正直、この状況になってアルスを見直したというのもある。
――最初は馬鹿にしてたけど、勉強してただけの意味ってあるのね。
レガンの意見は感情論だが、アルスの意見はちゃんと全部理由がある。こっそり調査していた事、婆様のところで勉強していた事、それらの知識を踏まえた上での意見だから納得できる……頭では。とはいえ、感情面では納得できない事もある。
「不満そうだな」
「え?」
不意にそんな声を掛けられてマーナは驚いた。声の主は隣りにいるシェノンだった。マーナは前方を警戒する役ではあるが、当然彼女の護衛という役目も終っていない。だから彼女が傍にいるのは当然だ。
「自分も戦闘に参加したかった、というところか?」
村の人間と違って濁りのない透明感のある緑色の瞳が、こちらを見透かすように見てくる。認めるのは癪だが改めて美人だとは思う。
「……私も向こうのグループなのに、一人だけハブられたらいい気はしないでしょ」
そう言ったら軽い笑い声が返ってきた。さすがに笑うのは失礼ではないかと思って、マーナは彼女から視線を外して前を向く。
「ハブられた原因は分かってるか?」
「多分、危険だから、じゃない?」
「どうして危険なんだと思う?」
「そりゃー、私が女だからっ、戦わせたくないんじゃない?」
「成程、お前がそう思ってるならあの坊やの判断は正解だ」
「どういうことよっ」
それには咄嗟に睨みつける。やはり彼女は笑っていた。馬鹿にしているような笑みではなかったが苦笑というか、呆れられたかもしれない。
「そんな考え方だと、戦闘に参加したら男に負けないところを見せようと思って必要以上に突っ込もうとするだろ。それが危険だ」
マーナはそれに言い返せなかった。確かに、その自覚はある。悔しくて彼女から目を逸らして前方をみていると、暫くしてまた向こうから言ってきた。
「お前はちゃんと体格や腕力で皆より自分が不利な事を分かっている。自分の弱さを自覚している、違うか?」
「違ってないわよっ」
そこでまた睨めば、シェノンの顔に今度は笑みはなかった。
「実戦では、やれる事以上をしようとするより、やれる仕事を確実に果たす事を考えた方がいい。自分が弱い自覚があるなら、それに見合った動きをするべきだ」
それは正しい。マーナも分かっている。それでもいいたくなる事もある。
「でもいいところを見せたいなんて、他の連中だって皆そう思ってるじゃない」
「それでも、他の連中はあのレガンって子の指示通り動くのに慣れてるだろ」
「そのレガンが一番かっこつけようとするけどっ」
「そうかな? 指示に慣れてるなら、後先考えないような無茶はしないんじゃないか」
実際マーナはレガン達の訓練に付き合っている時でも、自分は得物が違うからと試合にも参加しないし、レガンの指示に従って何かをする事もない。彼としても立場が同列でしかも女のマーナにはあまり強く出られないらしく、それで文句を言われた事もなかった。
「じゃぁ……どうすればいいのよ」
言えば、彼女はまた笑う。だが今度は柔らかな……優しい笑みだ。
「分からないなら、アルスに聞けばいい。あの坊やはお前よりお前にふさわしい仕事が見えている」
マーナは目を大きくあけて、何度か瞬きを繰り返した。
「私より、私にふさわしい仕事が分かるって……?」
なんだか腑に落ちないが、シェノンはそれに楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「ただし、お前は彼に『余分な事はせず、与えられた役目を全力で果たす』という姿を見せなくてはらない。アルスがお前の事をそう判断しないと、彼も怖くて重要な仕事をお前に頼めないだろう」
そう言われても、マーナはこう、思うのだ。
「でも、私の能力に見合った仕事なら、どうせ重要な仕事なんてないでしょ」
「そうでもない。戦いにおける役目だけで見ても、何も強さだけで全てを決める訳ではない。例えば持つ武器が違う事で、他の戦士連中とは違う仕事を頼める」
「槍ならシオールがいるじゃない」
「槍使いが二人欲しい時や、シオールには別の仕事がある場合もあるだろう」
「そんな限定的な状況で言われても……結局、私の出来る事なんて……」
すると彼女は今度は大きくため息をついてから聞いてきた。
「そんなに自分に自信がないのか?」
当然、マーナは吐き捨てる。
「ないわよ。どこを自信にすればいいのか教えてもらいたいわ」
レガン達と試合はしないが、彼等の試合は見ていた。勝てそうな気はしなかった。シオール相手なら尚更、一瞬で負けるのが分かっているから真剣な手合わせは頼んだ事はない。
不貞腐れて彼女を見ずに前方を見ていたマーナだったが、暫く黙っていれば、まるで独り言のように、異境の地からきた女は言った。
「自信は自分で勝ち取るものだ。……けれど、どうしても自分にしかないものが欲しくて、そのためなら人から嫌われ、非難される覚悟もあるというなら……私が授けてやってもいい」
「え?」
振り返れば、彼女はこちらを見てはいなかった。
「あの、シェノン……さん?」
「なんだ?」
振り向いた彼女は何事もなかったかのような薄い笑みを浮かべていた。
「今、言った事って……」
「何の事だ?」
そう言われればそれ以上聞けない。さっきの言葉が本当に彼女が自分に言った事なのか不安になる。ただ、聞いた事は確かで、決して聞き間違えではなかった。
シェノンとマーナのやりとりでした、少し長かったですが分割する程ではなかったので。
次回は皆のもとへ戻ったアルス達の話。




