13・作戦決行1
谷の空は狭いが、その日の朝はよく晴れて澄んだ青色が続いていた。
雨だったら延期する事になっていたから、今日はこのまま決行だろう。
シオールは朝食が終わってのんびりしている人々の姿を見ながらそう考えていた。ちなみにシオールはいつも通りの無表情で通しているが、ジェアは少し緊張しているのが見て分かる。事情を知らない皆は特に気にしていないようだが、こちらから見るとこれから起こる事が分かっている人間だというのがバレバレだ。
ちなみにアルスは……寝転がっていた。
本人いわく『起きてるとそわそわしそうだからいっそ寝ころがってだらだらしてようかな』だそうだ。これを『平静を保てない』と取るか、『神経が図太い』と取るかは難しいところだが、少なくとも相当キモが据わっていないと出来ないマネだろう。
皆、谷に下りてからのんびり過ごしてはいたが、それでもいつ追手に見つかったり何かの襲撃にあうかもしれないから常に逃げられるようにはしておくように言ってあった。具体的には、大事だったり必要なものは常に身に着けておくとか、食料やかさばる必需品はすぐ持っていけるようにまとめておくとかだ。特にシェノンが昼間は動物除けの結界を使わないと言った後には、再度注意喚起してあった。
――それでも、そういう準備万端な時ほど何も起こらず、気を抜いたところで事が起こる……というのがよくある話だ。
だが今回はちゃんと皆が準備出来ているのか見てから起こる事が決まっている。それでも慌てて持っていけないモノが出たりはするだろう。ただ火を使ったあとを見つけられた時のために、傍にわざとシェノンの捨てていい持ち物を置いていくことにしている。追手が見つけても、我々ではないと思わせるためだ。勿論それでも怪しまれるだろうが、迷わせられるだけでも意味はある。
曇りない青空を黒い影が横切っていく。それを追えば、影は離れたところで座っていたシェノンの腕に降りた。計画の開始だ。
ピュイっと笛の音が響いて、皆がシェノンの方を向く。彼女は立ち上がって、声を張り上げた。
「こちらに危険そうな何かが向かっているようだ。戦える者以外は逃げたほうがいい」
辺りがざわつく。そこですぐそばで寝転がっていたアルスが勢いをつけて起き上がった。そうして彼は、予め決めておいたセリフを言う。
「シェノンさん、来るのはどっちから?」
「向こうだ」
当然ここで彼女が指さす方向は、自分たちが逃げてきた方向でもある川下の方面だ。だから川上を指さしてアルスがまた声を張り上げる。
「よし、皆、あっちへ逃げよう。シェノンさんは道案内頼みます。ジェア、そっちのグループは皆の誘導と護衛を頼む、レガン達と俺とシオールは最後尾を守りつつ敵に備える。あ、でもマーナはこっちじゃなくてシェノンさんの護衛をしてもらいたいんだけど……」
「分かったわ」
不満そうではあるが、一応そう言ってくれた事でアルスはほっとした顔をした。シェノンに護衛が必要かについては疑問が残るが、アルスは出来るだけマーナを戦わせたくないのかもしれない。
「あ、ドゥトスは最後尾だけど敵がきても戦闘は参加しないであくまで逃げる皆のフォローと護衛をしてもらっていいかな」
「しかし……」
「戦闘が始まったら後ろの面々がごっそりいなくなるから、ドゥトスにしっかり守ってもらいたいんだ」
「分かりました」
彼女もマーナとは別の理由で戦闘に関わらせたくないからであるのをシオールは分かっているが、本人はかなり不服そうだった。
そうして話が終わり、皆移動のために集まりだす。マーナは前に行き、ジェア達のグループには逃げる人々を囲むように配置の指示がジェアから飛んでいた。アルスとシオール、そしてレガン達のグループは皆から少し距離を取って最後尾を歩く事になるのだが、そこでまだ不服そうな顔をしているレガンに、アルスが言った。
「レガン、こっちはやってくる何かとほぼ確実に戦う事になると思う。危険な役だけど頼んでいいよね?」
アルスが指示を出したのには不満そうなレガンだったが、言われた役目には不満はないらしく、やけに気合の入った声でいい返事を返してきた。
「当然だ、任せろ。やっと俺達の出番だぞ、皆戦いの準備だっ」
それに応えてここに残った連中が声を上げる。皆、普段レガンのグループで鍛錬している者達だ。レガンは勝手な言動が目立つちはするが、どうやら仲間からの人望はあるらしい。
アルスの話では、レガンが意固地になっている理由として、皆を守って戦う気でずっといるのに戦闘が起こらず、そのせいで自分達が役に立てないのが悔しくて欲求不満がたまっているのではないか、という事だ。だから今回、出来ればレガン達が戦って何かの成果を出したと実感できるような状況を作りたいと言っていた。シオールは、基本はレガン達に任せつつ、危険だと思ったら気にせず全力を出していいと言われている。
正直シオールはレガンの事が嫌いだし、あんな奴どうでもいいくらいに思っていた。ただ――シオールは昨夜のアルスとの会話を思い出す。
『孤立してるなら放っておけばいいのではないですか?』
『いやいや、そんな余裕は今のウチにはないよ。実際、単純な戦士としての腕ならここにいる見習い連中の中ではレガンが一番だろうしね。普段の言動見ると頭悪そうだけど、戦闘での判断なら悪くないし、統率力もあるんだ。……今はちょっと意地になってて悪い方悪い方にいっちゃってる感じだけど、冷静になれば有能ではあるんだよ』
レガンはアルスを目の敵みたいに見てくるが、アルスはその意図を分かっていてまったく気にしていない。あくまでレガンという駒をどうすればうまく使えるように出来るか、という目でしか見てないのだろう。
そういう人間に対して感情で突っかかっていくのは完全に道化だ。ハタから見れば憐みさえ感じるが、プライドが高いだろうからそんな様子を見せてはいけない、それは分かっていた。
このシーンはあと2話使います。戦闘は次回。




