7・東の森2
「あぁほら、壁はあそこまでです」
バンダーが指さしてこちらを見る。先ほどから壁が少しづつ低くなっているのに気づいてはいたが、確かに壁の終わりが見えた。ただし、その先が土の壁のように高くなっている。
「じゃ、これ上がってもらえます?」
言いながらいとも簡単そうに、バンダーは軽くジャンプして土壁から出ている木の根を掴むと、次々と木の根やら岩やらを伝ってその土壁ともいえる段差の上に上がった。すると後ろをついてきていた、一人だけ連れてきた追跡班の男がエニに声を掛けてくる。
「エニ様、俺が持ち上げますので」
「ありがとう……頼むわ」
普通は先に上がったバンダーが手を貸してくれるところだろうに、彼はおそらく分かっていて何もしない。言えばやるだろうが、頼むのも腹が立つ。まったく、バンダーが信用出来るタイプの男だったら、もう一人を連れてこなくてもよかったのにとエニは思う。
「失礼します」
言って男がエニの腰を持つ。そこから持ち上げられてエニは上の木の根を掴もうとしたのだが、ひゅっと風を切る音と共に上ではなく下へ、更に後ろへと引っ張られる。当然、エニは地面へと落ちる。
――矢か? どこから?
女ではあっても、エニは戦士として何度も実戦に出ている。音だけで何が起こったかはすぐ理解したが、この状況では矢を受けた後ろの男と一緒に倒れるのは仕方ない。
だが慌てはしない。
地面に落ちて倒れてすぐ、そのまま転がって地面に伏せる、耳を澄ます……ガサガサと鳴る足音は三人分。それが歩いて近づいてくる。ずっと上手く隠れてついて来ていたのだろうが、こちらが奴らの思惑通り倒れた事で気配を隠すのもやめたらしい。
――ザコね。
エニは冷静だった。相手の腕の予想がついたからというのもある。これで油断する程度の奴の腕なんてたかが知れてる。伏せたまま腰の剣をそっと抜き、胸の下に隠して相手を待つ。
「おい、大人しくしろよ、怪我したくなきゃ――」
相手が言い切る前にエニは動いた。地面を蹴り、起き上がる勢いを使って低い姿勢のまま前に跳ぶ。相手は本気で油断していた。エニの短剣が一人の足を斬りつけるとそいつは無様な悲鳴を上げて地面に転がる。
「くそっ、こいつっ」
「大人しくしろっていってんだろっ」
残った二人のうち、一人が上から両手を組んで振り落としてくる。勿論エニがそれを当たるまで待ってやる理由はない。すぐに避けた事で男は派手に空振ってよろけた。その首にエニの短剣の刃が走る。
濁った悲鳴、大量の血が飛んで、倒れる男とすれ違うようにエニは低くしていた体を上げた。
「うわぁっ」
それを見て、残った一人が急いで逃げだす。無駄なのに。
どうやらそいつが弓役だったようだが、なら仲間二人と一緒にのこのこ近づいてきたのは馬鹿なんじゃないかと思う。自分は離れた場所にいて、こちらを狙ったままでいればよかったのだ。
走る男を追いかけるが、追いつくまで走る気はない。平地ならともかく、ここだと体力勝負になる。だからエニが追っていたのは、逃げる男へ射線が通るまで。相手に対して高い位置で、相手の背中が見えた途端、エニは持っていた短剣を投げた。
――こいつら、私を殺す気はなかったんだろうけど。
殺す気があったのなら、声を掛けてきたりもしないし、殴ろうともしてこない。
走っていた男が倒れたのを確認して、エニはそいつのところへ歩いていく。背中に短剣が刺さった男はまだ地面でもがいていた。エニは短剣を抜くと首を斬ってトドメを刺した。
――生かしておくのは一人で十分。
襲撃者の三人とも、見てすぐわかる赤い髪だった。となればこいつらがどこの手の者かはほぼ確定している。正体を探るだけなら死体でもいいが、生かしておけば他にもいろいろ聞けるだろう。おそらく兄も喜んでくれるはず。
一応死体を引きずって元のところへ戻れば、バンダーが下にいて最初に足を斬りつけただけの男を縛り上げていた。エニを持ち上げていて矢を受けた者はそこまでの深手ではなかったらしく、どうにか起き上がって布を自分で巻いていた。
「あ、おかえりなさい~」
バンダーのお気楽そうなその言い方には分かっていても腹が立つ。
「黙ってみてただけなんていいご身分ね」
「え? でもザコだけだったでしょ、エニ様だけで余裕じゃないですか」
「それはそうだけど……」
でも普通はあの場合すぐに下りて援護しにくるところだろう。まったく何を考えているのだこの男は。
「ま、何かあったら動ける準備はしてましたよ、当然ですが」
「そう……」
疑わし気な目を向けつつも、これ以上問い詰めても意味はない。少なくとも、この機会に便乗してエニを狙ったり、怪我した仲間に何かしようとした訳でもないから非難する程の事はない。
「さって、怪我人いますし捕まえた奴も連れていかなくちゃですし、とりあえず救援呼びますか? それともエニ様は予定通りこのまま村の北を回っていきますか?」
さすがに怪我人がいる状況で続行はない。そんな当たり前な事を聞いてくるあたり、この男の言動が人を小ばかにしていると思うところだ。
「そんな筈ないでしょ。さっさと村に戻って兄さまに連絡するのが最優先よ」
言えば、ふざけた男は、はーい、なんてやっぱり馬鹿にしたような返事を返して腰の籠を開けた。確かに、ここは村の外周だから彼のペットのサルなら木壁を登って人を呼びにいける。よく仕込んであるらしいあのサルも、彼が単独の調査に使われる理由の一つだったとエニは思い出した。
バンダーのサルはこの章の後半で活躍します。
次回はアルス側の話。




