1・可能性の話1
ここから新章です。
すべてが思い通りに行くなんて思った事はない。
だが、この手の大きな仕事で思った通りにいかなかったのは初めてかもしれない。
――さて、どうするか。
現在、ナグラック族土の民の頭領であるゼラはキシェナにいた。
とりあえず元の主を追い出した村長の家の中、やはり村長の椅子に座って、ゼラは肘掛に右肘をおき、頬杖をついて考えていた。
彼が周辺部族の共有市場でもあるここに戻ったのは四日前の事である。本来の予定ではさっさとこちらでの仕事を切り上げてクリス村へ戻るつもりだったのだが、次から次へと他部族からの使者がやってきたためここから動けずにいた。
そうした中でつい先ほど、クリス村から逃した村人達をまだ見つけられていない、という報告が入ってきた。
「お前はどう思う?」
今この部屋にいるのはゼラの他にはもう一人。その男はそばに立っているものの目は持っている羊皮紙を睨んだままだ。そうしてナグラック族草原の民の頭領である男、ウロドはいつも通りの不貞腐れたような顔のまま投げやりに言ってきた。
「さぁ、全員どっかに捕まったんじゃないですか」
彼が見ているやたらご立派なつくりのその書類は、このキシェナ村における市場利用の規約書らしい。この辺りで羊皮紙や紙等、長期保管出来る書類を使っているのはこのキシェナくらいで、そういう意味でもこの村をさっさと抑えておきたかったのもある。
ここの責任者に命じてあるウロドは、そのやる気のない態度とは裏腹にこうして熱心にこの村に関する事を頭に入れてくれているようだ。こちらを見もしない彼を確認して、ゼラも視線を部屋の入口に向けて呟いた。
「確かに、その可能性は高いな」
いくら森の中と言っても、足の遅い大人数の集団全員がこちらの追跡を振り切ったとは考えにくい。普通に考えれば、村が落ちた事を聞いたクーレアやボアあたりが来て先に見つけて連れていった可能性が高いだろう。
「だが連中がうまくやったのなら、こちらを出し抜いてやったと得意になって言いまわりそうだがな」
「じゃ、そういう頭の悪いとこじゃない別の奴らが捕まえたんでしょ」
「成程、こっそりこちらを出し抜いたずる賢い連中がいたか」
「さぁ、知りませんけど。ないとは言い切れないんじゃないですか」
「そうだな」
頬杖をついていないゼラの左手、その中指が肘掛の上をトン、トン、と所在なげに叩く。自分も人の事が言えない、いかにもやる気のなさそうな態度だ。
確かにウロドの言う通り、可能性としては『全員無事逃げ延びた』というよりは余程あり得る話だとゼラも思う。ウチに恩を売りたい連中が騙して連れて行った可能性もある。
「てかまだ何かあるんですか? 追跡は打ち切りにしたんじゃ?」
実は既に追跡は打ち切っていいと指示は返してあった。けれどまだ、ゼラの中には僅かに迷いが残っていた。
「あぁ、そうだ。捕まったのなら探しても無駄だし、追跡部隊の連中を危険な場所へいかせる気もない。バンダーには次の指示を出した」
「ならなんでまだ考えてるんですか?」
そう、何故だろうな――ゼラの唇に自嘲が浮かぶ。
「何、ちょっと嫌な感覚があるだけだ。もしかしたら、この手の失敗は初めてだから思った以上に俺はくやしいのかもしれない」
それにはいつも無気力そうに見える男が僅かに笑った、さも嬉しそうに。
「確かに、あなたがこれだけの失敗をしたのは初めてですね」
「あぁ」
――こいつにしてみれば俺の失敗は面白いのか。
ウロドが率いる草原の民は、ナグラック族の中では異端の平和主義で他部族を襲う事はまずなく、基本的には常に移動する遊牧民的な生活をしていた。何度もナグラック族から離れる話が出ていたが、他部族との交流をしてきている草原の民がいたほうが何かと都合がいいためそのままとなっていた。
当然ながらその頭領であるウロドも平和主義者で、それを分かっていたから早いうちに脅してこちらの配下に入れた。
一応納得済みで部下になった筈だが、彼としては気ままな暮らしをやめさせられて細かい交渉事や事務処理ばかりを押し付けられているからか、こちらの命じた仕事にはいかにも嫌々やっているという顔をいつもしていた。
それでも言われた事はきっちりやるし、配下にはその手の仕事を任せられる人間が少なすぎるから、ゼラとしては彼のその態度に文句を言う気はなかった。
「指示は出した、結論は出たなら、もう考える必要なんかないんじゃないですか、らしくない」
「そうだな」
確かにそうだ、それは分かっている。このまま見つかるまで追跡をさせるという選択はないのだからこれ以上考える必要はない。それにもし万が一に村人が逃げ延びていたとして、女子供だけでは何もできないし脅威にはなり得ない。そして現状、彼等を受け入れるところはない。行き場のない彼等に生き延びる術はない筈だった。
冒頭の会話は1話に収めたかったのですが、もう一話使います。




