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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
一章:旅立ち
49/61

48・星空

 高い崖が川の両側にある谷の中では空は狭く、細長い。

 それでもその狭い空にぎりぎり月が見えているから真っ暗闇という訳ではない。けれど月明かりの下にいれば上から見つかる可能性もあるから、シオールは崖の影になるところに寝転んで、崖の上を眺めていた。


『面倒な会話を聞いてると眠くなるだろ? ならシオは崖上に追手が現れないか見張っててくれるかな』


 そう言われて、アルスがあのシェノンとかいう女と話している間、シオールはアルスから離れて崖上を見張る事になった。ちなみに、上を見るなら寝転がった方がいい、というのもアルスから言われたからだ。だってずっと上見てたら首が疲れるじゃないか――という事だが、これはこれで疲れた体には少し辛い事もある。


「いやーこれうっかり寝ちゃいそうですね」


 隣で寝転がっているトレックの言葉にシオールは、あぁ、とだけ返した。彼はジェアの奴隷だが、シオールが見張りに行こうとしたら、自分もと言ってついてきたのだ。


「……まぁ、寝てて貰うつもりで言ってくれた気もしますけど」


 ただそう返されたからシオールは眉を寄せた。


「まさか」

「いや、貴方の主は貴方を休ませたいと思ってると思いますよ。考えてもみてください、動物避けの結界とやらがあるならそもそも周囲の危険はほぼない訳で、もし上からこっちを見てる奴がいたってこの暗闇の中を下りてくる事はないでしょ」

「つまり、見張りの必要はない、ということか」

「ですです」


 確かに、そう言われればそんな気はする。彼の言っている事は間違っていないし、アルスならそう考えるのもあり得る、とシオールも思う。


「だからと言って、主が起きているのに寝るつもりはない」

「では、俺は少し寝てもいいですか?」


 ちゃっかりしている、と思うのと同時に、この少年の頭の回転が良さに少し感心する。確かに彼の言った通り見張る必要はないと言えばない。それでシオールが起きているのなら、トレックが寝ても問題はない。ジェアから彼が怒られているのは見た事がないし、いつもは後ろに控えて主のサポートをしているのも見ている。思った以上に優秀なのかもしれない。


「起こしたらすぐ起きれるなら」

「了解です、そこは慣れてるんで大丈夫です」


 言うと彼は真上ではなく横を向いた。寝るのなら上を向いている必要はないのだから別に構わないが。ただ横になった彼からまた声が聞こえてきた。


「えと、俺はですね、貴方の主様の事好きですよ。あ、もちろん一番大事なのはジェア様ですけど、アルス様は俺を見下したりしないで普通に話してくれますから。それにあの方の言ってる事は正しくて、いつも皆にとって何が一番いいかを考えてると思いました。なので……アルス様がジェア様を止めようとしたら、俺、今度は出来るだけ協力します」


 成程、彼がこちらについてきたのはただ寝たいだけではなく、それを伝えたかったのもあるのか。単にこちらに気に入られたくて言っているだけには思えないから、暫く彼の言動を観察してみて、それで本当に使えそうだったらアルスに言ってみようとシオールは思う。


――そういえばアルス様は、弱いと皆に思われていても嫌われてはいない。


 英雄の息子だからあからさまな態度は取れないというのもあるだろうが、普通男のくせにまったく戦えない役立たずは馬鹿にされるものだ。少なくともシオールの村はそうだった。他所から来た者もその価値観は同じだったし、クルス村でも実際強い者が称えられている。

 だがアルスの場合、皆から弱い事で揶揄われる事はあっても、本気で馬鹿にされて厄介者扱いされる事はなかった。あえていうならレガン達が悪く言ってくるぐらいだが、それでも彼等はアルスを嫌ってはいないようだ。

 それは多分、アルスが開き直っていつも堂々としているというのと、彼の方から他人を見下したり悪く言ったりしないからではないだろうか。相手が奴隷でも女子供でも、アルスが相手を下に見た態度を取る事はない。


 それは、ただ強いという事より、今のような状況でリーダーとなるのに相応しい資質ではないだろうか。


 強い事こそが上に立つ者の条件だと言われてきたシオールだったが、アルスを見ているとそんな考えが思い浮かぶ。なにせ彼より強い自分自身が、アルスに従いたいと思うのだから。それに、そのアルスの欠点である戦闘における強さは、自分が補えばいいだけだ。


――もしかしたら今の状況は、アルス様が上に立つ者になる運命の始まりなのかもしれない。


 絶対に口には出せないが、元から村の者ではないシオールにとっては村の戦士達の死もそこまで悲しい事ではなく、アルスがこれから何をして自分たちがどうなるかの方が重要だった。

 細く見える星空を眺めて、気付けばシオールは片手を空に伸ばして一際強く光る星を掴んでいた。


次はまたアルスの話。

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