43・旅の神官1
得体のしれない人間がいたにも関わらず、下りて大丈夫だとシオールが判断した理由は、アルスもその人物を実際みたらなんとなく理解出来た。
「はじめまして、俺はアルスロッツと言います。でも長いから普通は皆アルスと呼びます、なのでアルスと呼んでください」
営業スマイルで話しかけても、相手の表情はピクリとも動かない。これはシオールといい勝負だ。
「はじめまして、私はシェノン。神官だ」
一目見ただけで、この辺りの人間ではないのは分かる。そしてその理由である服を見れば、彼女が自分達よりも文化レベルの高いところから来たのも推測出来る。布の質や縫製のレベルが段違いだ。なのに、こちらの言葉が普通に話せるなんてのはたしかに胡散臭い。彼女のところへ行く前にシオールに状況は教えてもらったが、彼の直感でも『敵ではないがなにか隠している』という事で、アルスとしてもそれには同意するところだった。
「シオールから聞いたと思いますが、俺達の村が他の部族に襲われまして逃げて来たところなんです。この谷まで下りれば、追手をを撒けるかと思ったのですが……」
「あぁ、事情は聞いた。確かにあそこからこんなところに下りるとはそうそう思わないだろう。……ちなみに、他の村に逃げこむ、という選択肢はなかったのか?」
「俺達を匿って、こちらを襲った連中と敵対してくれるようなところはなさそうだったので、逃げ切るしかないかと」
こうして話している間にも、後ろでは次々に他の者達も下りてきていた。基本的に1人か二人づつくらいしか下りられないのもあって、急ぎたいこちらからすれば話がつくのを待っている訳にはいかない。アルスはどうせ腕力的に下でフォローする役も難しいだろうから話に専念してくれていいとレガンやジェアから言われてここにいる。
「お前達を襲った部族の名は?」
それを聞いてくるという事は、ある程度こちらの部族に関しての知識があるのだろうか、とアルスは思う。
「ナグラック族、土の民です」
「ナグラック……」
聞けば呟いて考え込む。様子からして、その名を知らない訳ではなさそうだ。
「ご存じですか?」
だから聞いて見たら、シェノンという女神官はそこは誤魔化すことなくすんなり答えてくれた。
「私達のところでは、定期的に人を送ってこの辺りの調査をしている。前の調査の内容にナグラック族についてもあった。確か……炎を信奉する好戦的な連中、だったか」
「その通りです。あとナグラック族というのはいくつかの集団に分かれて活動していまして、その中で土の民と呼ばれる者達が今回俺達の村を襲った連中になります」
「土の民、というのはナグラック族の中でも特に大きいところなのか?」
「最近、頭になったゼラという人物がかなり優秀なようで、近隣の部族を次々潰して行っています」
「そうか……」
そこで一瞬だが、彼女の眼の色が変わる――彼女が特にそこに興味を持った事がアルスには分かった。彼女は、この辺りの勢力図を調査しにきているのかもしれない。
「あなたはキシェナというところを知っていますか?」
試しに聞いてみた。これで彼女がどの程度辺りの事情を知っているか分かる。
「中立地帯で、いろいろな部族が集まって市場を出している村……であっているか?」
「そうです、そこをナグラックの土の民が落としました」
「中立地帯なのにか? 他の部族が黙っていないのでは?」
「……はい、それで代表者が集まって対策を考えている段階で、ウチの村が襲撃されました」
彼女は考え込む。唇が動いているから声に出ていないが何かつぶやいているようだ。ただアルスとしてはこれで分かった事がある。彼女が持っている情報はキシェナの地位が確立した後のものである、つまり、クルス村の事も知っているだろうということだ。
「ウチの村はクルス村と言います」
だからそれで彼女の表情がまた変わる。目を細めて眉を寄せて……多分、これで彼女は、土の民の戦力がどれだけのものか予想がついた筈だ。このシェノンという人物は相当に頭がいい。こちらより文化レベルの高いところから来ているのなら当然かもしれないが、今話した内容だけで彼女はあの周辺の勢力状況を大方想像出来たと思われる。
アルスと彼女の会話は次の話まで。




