40・崖
森の中を進めば進行速度が遅くなるのは当然で、特に来た方から道を挟んで向う側にあたるこちらの森は殆ど人が入っていなかったらしく、倒木や大きな岩、穴などによってたびたび足止めをくらったり回り道をしなくてはならなかった。
ただ敵はこちらを見失ってくれたのか追手の姿を見る事はなく、ある程度暗くなった段階で、月明りが入る場所で野宿をする事になった。
村人を真中に集めて戦士見習い達とドゥトス、婆様付の護衛達が周囲に立って交代で見張る。へたに火を使えないのもあって、魔物や大型動物の脅威は普段とはくらべものにならない。僅かな音にも反応しなくてはならないから、見張りはへたに会話も出来なかった。それでも居眠りをする者が殆どいなかったのは緊張のせいだろう。
幸いな事にどうにかその夜はやり過ごせて、皆で無事次の日を迎えられた。
そしてその日の夕方頃に一行は森を抜けた先、谷が見える位置へと出た。……ただし出た先は目的の場所とは結構ずれていたらしく、川が流れる音を聞いて喜んで飛び出していったレガンとその取り巻き連中は下を見た途端、顔を引きつらせた。
「この高さを下りるってか、冗談じゃねぇぞ」
追いついたアルスが見ても、確かにそこからは高さ的に到底下りられそうには見えなかった。そもそも崖の下は即川で、下りるための場所があるように見えない。とはいえ、それで絶望するのはまだ早い。
「当時の皆が登ってきたのは多分もっと向こうだ。ここからは崖沿いに歩いて行こう。とはいってももう遅いから、今日はここまでだね」
もうかなり暗くなってはいたが、森から出たせいで目印にしていた山がはっきり見える。位置的にももう少し赤い山の方角にいかなくてはならないだろう。川を挟んで向う側も崖で、谷というか峡谷になっていた。目印の山達は向う側のずっと先にあるらしい。
とりあえずその日も交代の見張りを立てて、皆そこで夜を明かす事にした。ただ完全な森の中ではなく森から抜けた場所での野宿だったため、皆の表情は少しだけマシな気がした。勿論疲れは見えていたが、森を抜けられて目的地に近づいた感覚が少しだけ気分を楽にさせていたのかもしれない。
そうして翌朝、出発前にアルスはまたかつて村に向かってこの道を逆に来ただろう人たちを集めて話を聞いた。その時に、これから行く方向を見てフォルが言ったのだ。
「あっち、ほら、ここからみてずっと先、崖の終わりに見えるとこがあるでしょ? あそこは下の川が曲がっているだけで崖が終わりって訳ではないのよ。あの先の曲がったところは崖が崩れたみたいになってて、そこを上がってきたと思うわ」
その言葉を頼りに、そこから間もなく出発する。全員疲れてはいるものの、遠くても目的地が見えているのなら足も自然と早くなる。勿論、森を抜けた谷沿いを歩いているから歩きやすいというのもあるが、どうにか太陽が真上にくるくらいには崖の終わりに見えた川の曲がる場所について、やっと目的地を目にする事が出来た。
とはいえ、実際見ればまず出る言葉は一つ。
「下りられるか、あれ?」
「崖を直接下りるよりはまだどうにか……」
確かに、そこは崖が崩れて岩が斜めに積みあがっているように見える箇所で、木にロープを縛りつけて、それに捕まって岩を伝っていけばどうにか下りられそうではあった。……とはいえ。
「あれって、下りてる途中で崩れないか?」
確かに見た感じそれが怖い、とアルスも思った。その肩をフォルが叩いて言ってくる。
「まぁ、正確に覚えてる訳じゃないけど、当時もあんな感じのところを登っていて、崩れたりとかはなかったから大丈夫じゃない?」
それを聞いても考える。どうやらあそこを登った当時は、まず六英雄の一人のドナが上の木にロープのついた矢をいくつか飛ばして、そのロープを補助として体に括りつけながら、同じく六英雄のサリド、クォーラ、エッシの三人が登ったらしい。三人が登りきった後でロープを完全に木に縛り付け、それを頼りに他の面々も登った。子供や老人等、どうしても自力で登れそうにない者は、ロープに体を縛りつけて崖の上から持ち上げたらしい。おそらく、今回も自力で降りられない者はそうやって下すしかないだろうが、全員そんな事をやっていたら何日掛かるか分からない。
「なら、まずは俺が下りてみます」
そこでそう言ってきたのはシオールだった。
次回はシオール視点に切り替わります。




