38・運2
「つまりこの森ってかこの辺りの土地は実はかなり高い場所にあるって事か。で、こっち側に進むと崖があって、そこを下りると川があるという事だな」
言いながらレガンが地図を指さした。その隣にはジェアもいる。こういう話に呼ばないと後で文句を言われるため、ここにはこの二人も呼んでいた。当然マーナもいるのだが、彼女は母親がいるとほぼ何も言わなくなる。彼女の母親は厳しくて、こういう席で女がでしゃばるのを嫌うからだ。だから今回はマーナの助けなしに、この二人を納得させなくてはならない。
「まぁそうだね。谷はかなりの深さがあるみたいだから敵も下にいるとは思わないんじゃないかな。もし谷に下りた可能性を奴等が考えたとしても、実際下りるのは森を調べ尽くしてからになるだろうし。その間に遠くまでいける可能性は高い」
「もし、下りられそうになかったら?」
それを聞いてきたのはジェアだ。彼はアルスの意見に対してこうして疑問を投げてくるが、否定したい訳ではなく他の者に対して説明させるためだと分かっている。ある意味、ありがたい。
「周辺を探して下りれそうな場所を探す。最悪、崖からロープで縛ってそのまま下へ一人づつ下すしかないと思うけど、それでもその下が下せる場所じゃないとならないから、そういうところを見つけるまで崖沿いに行ってみるしかないね」
「どちらにしろ賭けだな」
そう言われてしまえばそれまでだが、そもそもこちらには選択肢がないのだ。それを彼等には肝に銘じてもらわなくてはならなかった。
「でも、他に道はないんだ。森を出て他の部族のところにいくとしてもナグラックの連中と敵対する気があって俺達を受け入れてくれるところはまずない。うちの村の事があったあとじゃ特にね。大抵のところは匿うのを断るか、一時的には保護してくれても連中がやってきたらあっさり差し出すだろうね」
「だが、逃げた先の連中と俺達が協力すれば、戦力的に対抗できるんじゃないか? それでも戦力が足りなければ更に他にも声をかければ……」
レガンのその言葉を、アルスは鼻で笑う。
「俺達の中に村の戦士達の大半がいる……いや、ここにいるのが俺達じゃなくそれぞれの父親達だったらそう思ってくれるところもあったかもしれない。でも他部族からしたら、今の俺達を戦力としては見ない、一緒に戦おうなんていっても相手にされないね。特に、ナグラックとも戦いそうなとこ――例えばクーレアとか、ボアとかが、俺達の話を聞いて一緒に戦おうなんて言ってくれると思う?」
具体的な名前を出せばレガンも黙る。どちらもナグラックと変わらぬ悪名を響かせている連中だから、こちらを保護してくれるところなんか思いも浮かばないだろう。行ったら全員奴隷間違いなしだ。
「おそらくうちの村が落ちた事で、ウチと仲が良かったキャレイやグイロット、トース族あたりは、今頃ゼラに慌てて使者を送ってるんじゃないかな」
「それはなんのためだ?」
「出来るだけいい条件で配下にしてもらうために、降伏の交渉だよ」
聞いて来たジェアの顔がそれで怒りに顰められる。
良くも悪くもこの辺りで平和にやっている部族の中心はウチの村で、特に弱小部族はウチ頼りなところばかりだった。たびたび開かれた部族間会議でも、他の部族の代表たちは何かあったら助けてくれという感じで、こちらを助けてくれそうなところはなかった。それでアルス達を受け入れてナグラックから守ってくれるところなんてある訳がない。
――さて、そろそろ意見を纏めないと。
長話をしている暇もない。黙って顔を顰めて考え込んでいるレガンとジェアに無理やりでも決断してもらうため、アルスは少し脅しを含めた強い声で言った。
「もしナグラックに捕まったら、俺達六英雄の身内は殺されるのが確定で、他の皆だって奴隷にされる。というか連中がどうしても逃がしたくないのは多分俺達だろうね。奴等、潰した部族の中心人物の身内を殺すのは徹底してるから」
それで実感として死を感じたのか、二人の顔が引きつる。逆にアルスはそこで笑ってみせた。
「勿論、俺も死にたくない。だから生き残れる可能性に懸けたいんだ。となれば……ナグラックの奴等がまず来ないだろう遠くまで逃げるか、もしくは奴らでも手を出せないようなところへ逃げ込むかしかない」
「おい待て、逃げ込めるようなところはないと、今さっきお前が言っただろ」
すかさずそう言ってきたレガンに、アルスは笑顔のまま告げた。
「そう、この辺りにはないよ。でもずっと遠くには部族や村ではなく、国と呼ばれる規模が桁違いのところもある。いくらナグラックが強くても、圧倒的な数には勝てない。……ま、とにかく今は連中から出来るだけ遠いところまで逃げるしかないよ。逃げた先で力をつけて、復讐するなり、村を取り返すなりを目指すべきだ」
それにはレガンもジェアもまた黙る。だがこの場合、沈黙は肯定でもある。アルスは周囲を見てから立ち上がった。
「さて、雨が上がったみたいだ。出発しようか」
次回はゼラの話。




